【神社仏閣】二荒山神社と宇都宮

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そもそも「うつのみや」という名前の由来には諸説在る。
「一の宮」説、「移しの宮」説、「陵威(いつ)の宮」説、現宮(うつのみや)」説、「征討(うつ)の宮」説、臼の宮」説・・・
某・Ha♥pyなサイ◆ンス方面の故・誇大妄想的詐欺師的おやびんの「宇宙の宮」(^o^)・・・ってのもあったな〜。
「さすが大先生!」と思っちゃったですわよ〜。
はたまた「鬱の宮」・・・か〜?!

Wiki先生に聞いてみたら・・・
名前とは違うが「宇都宮市中心市街地は平安時代の下野国河内郡池辺郷(いけのべごう)で・・・」という記述があった。
「池辺郷」というのが、今の中心地にあったという大きな池のことだと思える。

上代には池辺郷の鏡ヶ池畔には地の神を祀る社が建てられ、平安時代後期にはこれを「宇豆宮」「宇都宮明神」として祭祀し、鎌倉時代から戦国時代にかけてはこの神領を預かった神職家で北面武士でもあった一族が宇都宮氏を名乗り鎌倉御家人として宇都宮城を拠点とした。城下に多数の仏教寺院を建立して宇都宮は東国の都であったと比喩されることもあった。

名前の由来についての記述は無かった。

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「一の宮」は「下野一の宮」だが「一の宮」はどこにでもある。
「移しの宮」は、二荒神を荒尾崎から臼ヶ峰に移したことを言ってるのだろうが、それを名前にするだろうか?

『性神の謎』の著者は「臼の宮」説に注目する。

本来、宇都宮の「ウツ」という語は「虚(うつ)、空(うつ)すなわち空洞の意であって、宗教的には魂の籠もる場所をも意味する。つまり、生命力、霊力を復活させるために籠もりをする場所なのである。
また、同系語には「空木(うつぎ・幹の中が朽ちて空洞になったもの)、空柱(うつばしら・中を空洞にした柱)、宇舟(うつぶね・丸木の内部をえぐって造った舟)などがあり、文学作品にも『竹取物語』では竹の空洞が、『宇津保物語』では杉の木の下の空洞が、それぞれ主人公の生命力・霊力を復活させる「籠処(こもりど)として出てくる。
もちろん「臼」も同系語である。石屋木の内部をえぐって造ったものが臼である。そして、臼も、魂の籠もる場所としての空洞も、ともに女性を象徴する。竹や木の空洞は母胎を示し、臼は、男性象徴の杵に対するものとしてみれば明らかな通り女性象徴なのである。
このようなことから、宇都宮の「ウツ」と臼ヶ峰の「ウス」とは、その意味においても共通していることがわかる。
ウツノミヤは、「臼の宮」すなわち臼ヶ峰に祀られた神社の意であり、ここに宇都宮の語源を見いだすものである。
『性神の謎』

そもそも山である処に凹みを意味する「臼」という名があるのがおかしいと思うが、臼=女性と考えれば、臼ヶ峰=女峰山(女体山)となる。
もともと二荒神を祀ったという荒尾山を男体山と見れば、日光の山の「移し」と見ることもできる。
そこにあった池は中禅寺湖でもあったか?

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日光二荒山本宮神社のあたり、すなわち勝道上人がはじめて草庵を結んだと伝えられるあたりが、かつては荒尾山と呼ばれていたのである。宇都宮二荒山神社発祥の地と日光二荒山神社発祥の地とが、荒尾山という、まったく同一の名を持っていた。これは、二荒という名称と深く深く関わっていた証拠である。
では「フタアラ」とはいったい何であろうか。「アラオ」とは、一体何を指す呼称なのだろうか。
隣り合わせで並んでいる臼ヶ峰が女性象徴ならば、荒尾山は荒男山、すなわち男性象徴である。仲良くならぶ二つの小高い山は、視覚的に日光の男体山、女体山とまったく同様の配置にあり、古き世の池の辺郷の人々が、これを「ミニ日光山」とみたてたとしても少しも不思議はない。
するともしかしたら、二荒の「アラ」とは、荒尾山の「アラ」とは、日光男体山の、あの、精気がこんこんと脈打っているかのように隆として逞しい姿を表現した故障ではなかっただろうか。男体山すなわち男根山・・・こういってしかるべきほどの山容をもってして古くから畏敬崇拝されてきた山であれば、その昔、男体山は「マラ山」と呼ばれていたかもしれないのである。


男性器の隠語的に「マラ」と言うが、これは、一説には「悟りを妨げる悪神・マーラ」のことだという。
修行をする僧侶が、収まらぬ性欲の象徴たるチンチンを、この「マーラ」という名前で呼んだのはなかなか粋なことだったな、と思っていたが・・
これは「補陀洛山→ふたらさん」と同じようなモノかも知れない。
これも日本における神である天津摩羅命、大摩羅神、赤摩羅、天照眞良建雄命など諸説あるようだ。
天津摩羅命は矛を造ったとされるところからきたのか?
なんか、ピンとこない。

上の『性神の謎』のように古くからの言葉だったのか?、という疑問も残るが、なんとも面白い論であるが、なんともいえず、納得できるものがある。

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では「フタ」とは何であろうか。
私は、これは摩羅の尊称「フト」から転化したものと考える。「フト」すなわち「太」。
かくて、二荒の語源は「太摩羅」である、という「仮説」が成り立つ。宇都宮二荒神社は「臼の宮太摩羅大明神」であり、男女両性のシンボルがそのまま社名になっている神社であったということになる。


・・・これは、聖なる筋からはケシカラン、ということになろうが、神社とか神様が整理される以前の話である。
性というものが、相当に重要だった頃の、お話である。

さてさて・・・

長く道祖神・性神・金精サマ等々を取材してきたが、その根源は「男体山」にあるということだ。

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金精神と男体山の石碑の両方ある所が多く見られる。
また、栃木県は、特に男根神が多く見られる。
それも、調べると日光連山がよく見える所にある。

そういう観点から見ると、日光連山、とくに男体山は、性的な山霊とみていたのだろうと考えられる。
それは、素朴な原始の人間の思いだったろうし、それは近年まで続くものでもあった。

特に、男根神=金精サマ、という信仰は、江戸時代に流行ったのだと思える。

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湯殿山。出羽三山など山霊を刻んだ石碑が多くあるが、当地では「男体山」が多い。
そこに見えるのに、わざわざ石に刻むほどに「信仰」されていたのだろう。

ここのところ、ずっと道祖神・金精サマを取材してきて(これは今後も続けて行くが)、ようやくその根源のお話を書くことが出来た。



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