中国人がトーハクに来て・・・
「東京博物館、よく考えるとゾッとする。東京国立博物館の東洋館には、中国の青銅器や仏像などがほとんどを占めている。
これほど大量にあるとなると、国際交流による贈り物とは思えない…。では、盗んだのか、奪ったのか……
よくもまあ、こんなにも堂々と展示できるものだ。
・・・と、投稿した。
「無知」としか言いようが無いが、中国人をこういう「無知」にしているのが中国共産党。
こういう教育をしてきた。
その「成果」がこういう人種を生んだ、ということでもある。
当人たちは、そんなこと知らずに、自分が得た間違った知識を正しいことと信じている。
最近の中国の若者には、そういう「哀れさ」しかない。
中国共産党は、こうして中国人を「井の中の蛙」にしてきた。
中国という国は「地ベタ」は4000年あるかも知れないが、そこに乗っかっているものは、全然続いていない。
明治維新のようなことを何度も何度も繰り返してきたのだ。
王朝が変わる度に、廃仏毀釈のようなことをずっとやってきた。
最終的に、文化大革命(1966〜1976年)があり、多くの文化財・歴史在る物が失われた。
文革は、中国最高指導者兼中国共産党主席 毛沢東 主導による「文化改革運動」を装った劉少奇国家主席からの奪権運動、政治闘争だったが、それだけのために大衆は扇動され多くの犠牲者を出した。
「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」という文化の改革運動の名目だったが、実際は大躍進政策の失敗のために国家主席の地位を劉少奇党副主席に譲った毛沢東共産党主席が自身の復権を画策し、紅衛兵と呼ばれた学生運動や大衆を扇動して政敵を攻撃させ、失脚に追い込むための官製暴動であり、中国共産党内部での権力闘争だった。(Wiki先生)
結局、毛沢東の死で終わったんだった。
この過程を、中国共産党は、人民にどう説明してるのだろうか?
毛沢東は未だ英雄らしいが・・・
近年の天安門事件もあるが、この時の犠牲者の規模も凄かった。
中国共産党はこの部分もまともには伝えていないのだろう。
中国は、南京大虐殺を言うが、あれも、ほとんどは中国軍がやったことだと思える。
文革初期の1966年夏、紅衛兵を中心に展開された「破四旧(四旧打破)」運動というものがあった。
北京の紅衛兵が毛沢東の支持を背景に「四旧」をスローガンとして掲げて破壊活動を激化させたのだ(紅八月)。
四旧とは「四つの古いもの」を指し、これらを打破し、代わりに新しい思想・文化・風俗・習慣(立四新)を築くことが目的とされた。
即ち「旧思想、旧文化、旧風俗、旧習慣」の4つの古い要素を撲滅対象とした急進的な社会運動だったのである。
これにより、書画、骨董品、古書、寺院、記念碑などが「封建的」として破壊された。
そうした上に今の中国共産党は成り立っているということだ。
つまり、それまでの自国の文化を・・いや、自国を徹底的に否定したということだ。
日本の廃仏毀釈と同じ。
神仏分離という政策が、江戸期よりあった(水戸藩が主導)廃仏毀釈に火を付けた社会運動的になってしまったのに、似ている。
中国に残っているものは、そんな中にあって、たまたま残ったもの。
そもそもが、大切には思われていなかったから、保存状態も良くないものが多いのだろうと思う。
日本は、大切に保存をする。
そもそも、仏教が僧である・・いや、仏教がそうである。
例えば法隆寺の金堂も、今の金堂は多くは日本人の手によるものかもしれないが、恐らく焼失した元々の建物は当時の中国人を呼んでその技術で造ったのだろう。
奈良の大仏様だって、中国の技術で造られた物だ。
仏教の教えも、奈良仏教は中国由来の教えを勉強し、国家のために尽くすものだった。
鑑真さんのお陰で、受戒ができた。
平安初期には、空海・最澄さんらが、命がけで唐土に渡って、教えを受けた。
空海さんが恵果和上より受けた密教は、ちょうど良いあんばいの密教で、インドではいわゆる後期密教となると、タントリズムとかが入ってきて、セクシャルなものになったりして、だいぶ変化してしまった。
中国においても、密教・念仏・禅が混沌として、江戸期には黄檗宗のような形になっている。
日本に於いては、それぞれの宗派が、その誕生の頃を保存している。
おそらく純粋な密教は、空海さんが日本に伝えたことによって残ったのだと思う。
その通りに、今のボーサンが理解・維持できているかわワカラナイが・・・最終的に文革によって無になったであろうことを考えると、これも、空海さんの奇跡なんだと思う。
東大寺のお水取りなども、時代時代の仏教等の影響もうけつつ、しかし、連綿と伝えられている。
奈良仏教の寺が葬儀をしないのも徹底している。
その点では、真言は葬儀をするようになったのは大きな変化だと思うが、江戸時代の寺請制度に影響されず葬儀をしていないのはどうしてか、知りたいところだ。
そういえば、雅楽という音楽も、奈良時代に輸入された中国の宮廷の音楽であり、それを日本では当時の雅楽寮(うたりょう、ががくりょう、うたまいのつかさ)から、今の宮内庁の雅楽部まで続いているものだ。
これも、中国では無くなったものが、日本に当時のまま保存されている例である。
ちなみに「君が代」の ♪ レ・ミ・ソ・ラ・シというのは、雅楽の一越調という音階。
つまり、日本の国歌は、昔の中国の宮廷の音楽、ということになるわけですな。
これも、日本の文化の象徴的なものと言える。
あの時代、中国の文化は絶対的な物だったと言って良い。
中国共産党は漢字をも変えてしまった。
漢字こそ、中国の文化そのものであるのに、これすらも否定したのだ。
漢字は、秦の始皇帝が文字を統一して以来、長い時間をかけて使われてきたのが繁体字(旧字・正体字)というもの。
中華人民共和国は1949年に成立後「識字率向上」のためだといい、1956年に大幅に簡略化した「簡体字」を正式な表記とした。
中国共産党が進めた「文化大革命」の流れに乗って、漢字自体を「古い文化」「古い知識」と捉える流れになった。
識字率は簡単にすれば良い、という訳では無いだろう。
歴史と伝統を捨て去る、ということがココに起きた。
大変革である。
中国4000年の歴史どころではない。
その間、王朝が変わる度に文化は壊されてきたが、この中国共産党の所業こそが、文化壊滅という事態だった。
王朝が変わっても続いていた文字を捨て去るということは、トンデモナイことである。
草書体をされに崩したような字になって、本来の形を失い、例えば同じツクリの文字をひとつにしてしまったり、文字に含まれる意味をも分からなくしてしまった。
表意文字とは言えない物になってしまっている。
これによって、文革以降の中国人は、おそらく自国の古文書を読めないという事態になっていると思える。
韓国もそうで、漢字があったのに、それを捨ててハングルだけにしてしまったから、おそらく中国と同じようなことになっていると思う。
韓国も仏教の伝来、日本の文化への影響が、大昔にはあったところで、件の中国人と同じ事を言っている者がいたり、この仏像はもともと韓国の物だ、と言ってかっぱらったバカもいた。
漢も韓も、自国の歴史と、現在とを、俯瞰で見るという視点を失ってしまっているという点では似ていると思う。
それは、長期的に見ると、古典を理解できないから、歴史を改竄する事が容易になる、という「利点♡」もあるだろう。
中国共産党がソコまで考えていたかはワカラナイが・・・結果、そうなっている。
だから、今の中国の歴史は、中国共産党以降の物でしか無い、と言うことだ。
中国共産党は、それを目指したのだから・・・当然のことだ。
だから、冒頭に記したような、おバカが平気でいられるわけだし、それも中国共産党が目指したこと・・・である。
そういう国なのだ。
そして・・・中国の古い文化は日本に保存されているのだ。
・・・つづく・・・・
この記事へのコメント
タロウカジャ
日本においても権力闘争がありかなりのものが焼失したり破壊されていますが千年の時を経て保管されています。
宗派についても新しい宗派ができても古い宗派も残っています。
ご住職のおっしゃるようにこれは物凄いことかもしれません。
今回のお話の展開がますます興味深いものとなってまいりました。