上映2日目、夜の部。
ワタシを入れて観客9人。
シニア価格。
シニアは「おねむ」の時間か・・・?
確か、ワタシは高2の時だったと思う。
日曜夜8時だったか・・多分、見てなかったと思う。
いや、いわゆる「青春物」の枠だから、高校教師編から続けてずっと見ていたかも知れない。
この辺の記憶が曖昧・・
ワタシには、見ていて、辛いドラマだったように記憶している。
カースケの言う事やる事が「おかしい」と思っていたが、ドラマは「それが正しい」として進む。
オメダやグズロクの言う事やる事は「まとも」だと思うのだが・・・
それをカースケが否定することがドラマの結論になってしまう。
オメダが悩む。グズロクがまともな意見を言う。
それをカースケが否定する。
そこの説得力があるようにおもえるが、無謀な私論でもある。
カースケの言う事は、理想論だよな・・・と思う。
根拠の無い自信、とでもいうようなもので、現実的・建設的ではない、という思える。
しかし、ドラマは、その理想論を「青春」だとして進む。
それが「若さ」だ・・と。
若い時には、回りを気にしたり、他人と比較したり、社会に流されるような生き方をするんじゃ無い!。
若さは可能性なんだ。
それを自ら無きモノにするような生き方はツマンナイだろう!
それがドラマの根底を成す。
そこでいわれる「ツマラナイ社会」の方を実感する。
その後、大学生となった時の我が人生は、全くドラマチックでは無いものだった、ということが「現実」だった、というナサケナイことでもあったりする。
この番組の時間は『青春となんだ』から始まる「青春シリーズ」とも呼べるもの。
これはワタシが7歳の時だったので、リアルタイムでは見ていなかったと思う。
次の『これが青春だ』の方が印象がある。
大概、外国生活の経験がある英語教師であり、新米教師。
若さに可能性を外国に求めて、広い見識を得、生の英語を身につけた英語教師。
これも既に既成概念を超えている。
教師の経験が浅い故に、既成の教育とは異なる、感情をぶつけるように生徒に向かって行く。
生徒は、だいたい問題児が集まるクラス。
それを感動的な言動で以て生徒を引っ張る。
この「枠」は、初期から「現実」と「理想」を語っている。
ドラマが「理想」をする物に突っ走っている感じがある。
ただ、その「理想」とすることは、現実的では無い。
今思うと、そんな理想を叩き付けられても、私らも困る・・・そう思える。
今「遠い目」で振り返ると、その視点がどういう物だったのかが、ちょっとワカラナイ。
「青春時代」という歌がある。
「青春時代が夢なんて 後からほのぼの思うもの〜」という歌詞がある。
これは誰が歌う誰の為の歌なのだろう?
これを若者が歌ってもいたが、上記の歌詞を青春まっただ中の者が歌うのはオカシイだろう。
「贈る言葉」を卒業生が歌うのと同じだ。
「青春時代の真ん中は 胸にとげさすことばかり」
これも誰が誰に歌っているのか⁈・・・よくわからない。
「青春シリーズ」も『俺たちの旅』も、社会の中に呑まれた大人の、成功者か、敗北者の戯言では無いか?
・・・という、書き始める前には思わなかった展開になってしまったので、ちょっとお休み。
・・・続く・・・
この記事へのコメント
タロウカジャ
昔は良かったと言いたくない今日だと思う生活をしております。
三日ボーズ
その思いへの答え合わせのようなものでしょう。