・・・という記事を以前にも書いたのですが、実は、同じ物をまた買ってしまったのでありました。
コリャ、もう、コレクターになってますな。
「貝葉書院」という版元が、Yahoo!にお店を出していて、そこにあったで、そりゃ〜買うでしょ、というワケで「ポチッとな」。
紙に包まれて比較的きれいな状態のものが出てきましたので販売いたします。内容確認のため紙を外しましたので、お届けは商品画像のように紙を外した状態となります。約100年前に弊社にて作製された新古本になります。少々シミやスレ、汚れ等があり、木版手摺の為、摺り等の個体差がありますので御了承願います。
・・・とありました。
また、お店の紹介には、以下のように書かれています。
1681年 江戸時代 将軍綱吉公の頃、鉄眼禅師によって作られた一切大蔵経(版木約六万枚)を専門に摺る書店として「一切経印房」という屋号にて営業を始めました。
明治になり一切経だけでなく禅学書籍経典一般を扱い、屋号を「貝葉書院」と改め今日に至っております。
現在もかわらず、木版手摺りにて経本、講本を出版販売しております。
左がおそらく江戸期に出版された初期の頃のもの。
表紙の文字も同じ版を使ってますが、かなりすり減っているのが分かります。
こうやって形を変えて出していたのですね〜。
江戸時代に出版された「当時物」と、100年前くらいに摺られた(最後の?)刷り物と、両方が並んでいるということに感慨もひとしお。
お店の紹介に「明治になり一切経だけでなく禅学書籍経典一般を扱い、屋号を「貝葉書院」と改め」とあるので、そうなってから摺られた物、ということだろう。
お店が書いているように、100年前に摺ったものが、デッドストックとして残っていた、ということ。
ひと言で100年と言っても、昭和100年だから・・・さて、ホントのトコロはいつだったのだろう?
もしかして、今でも版木はあるのだろうか?
まぁ『大般若経』だって、つい数年前まで萬福寺・宝蔵院で摺られ、ここから販売されていたのだ。
(今は、版木保存のためやめられた)
上が新しい物。
相当にすり減っている・・・どころか「右」「元」など、上の文字の部分が欠けて無くなっている。
「右一帖 世に流行するものは博士等往々にして委ねざるもの有り 故に今悉く改める」という文言は良くあるようだ。
元禄3年庚午(1690)小春(陰暦10月)穀日
日向国 沙門 舜雅
「龍谷大学図書館 貴重資料画像データベース」には・・・
●2冊目巻末に「元禄三年庚午小春穀旦/日刕沙門舜雅」とあり・・・とあるから、元々は、2冊に分かれていたようだ。
古い物で、実際に使われていた物には「書き込み」がある。
これが貴重。
「私云う 勧請師正面に進み蹲踞す 蹲踞とは先ず左膝を立て 右の膝を地に着けて・・・」とある。
こんなん書かなくても分かるじゃん〜、とか(^^)
裏面のスタート位置がズレてる。
しっかし、伽陀(かだ)も、講式の式文も、なんで、こういう字なんだろか?
読めんワイ〜!
他は普通なのに、この文言だけこのヘンな字なのだ・・・なんで?
また、これを見ると、今の『常楽会法則』の博士が間違っていることも分かる。
この本があるので、智山派で無くなってしまった「四座講式」という法会の形がわかる。
とにかく、智山派でも、ほぼ高野山の現行の四座講式と同様の物が行われていた、ということだ。
それも、高野山で時間を詰めるようにするやり方でやっているのが謎。
うちの宗派の、今の、チョ〜省略のやり方は感心しない。
若者たちが、四座講式を学んでいるらしいが、私としても、いずれ四座講式をまとめた本を作りたい。
その際に、かつての形としてこの本を再録したいと思うのだ。
この記事へのコメント