「ツキイチ・エヴァ」か・・・全部見てやっか・・・と思いつつ、ナカナカに映画館は遠かった。
12月16日、漸く、観る。
実は、数日前に「全部入りBlu-ray」が来ばっかで、観ちゃったのに、また観ちゃった。
音響が、ね、多チャンネルだとリアリティが違うね〜。
音も、普通のテレビで観るのとは全く違うから、やっぱり映画館で観る価値はあるということ。
音と絵の迫力は、やっぱり映画館。
ちょっと前には、映画のクライマックスと尿意との戦いがあったが・・・
漢方薬が効いているようで、リラックスして観られるのが良い。
僧言えば・・・
劇中で使われているケータイが、みんな、いわゆるガラケー。
その辺に、時代を感じる・・・が、スマホが当たり前の世代が観れば、ちょっと違う物に見えるかも知れない。
シンジが、ずっとS-DATを聴いているのも、違う世界の物と思えるかも知れない。
DATですからね〜、MDよりも前の時代の物。
エヴァンゲリオン、30周年ですからね〜、30年の時の流れ。
ただ、S-DATなる物は存在せず、DATの進化形としてあったかも知れない規格。
もしかしたら、当時の「未来」だったかも知れない物ということか。
ウォークマンが出た時、若者がヘッドホンをして音楽を聴いている状態を、大人たちは怪訝な目で見ていた。
あのオープン型ヘッドホンで、音が漏れるのは、まだ「自己主張」があったのかも知れない、と思えるほどに、今は、イヤホンになって閉鎖性は増している。
「ヘッドホンをして音楽を聴いている」という「スタイルの主張」も無い。
イヤホンで聴くシンジのスタイルは、今に通じているか。
シンジが心を閉ざす道具としてのS-DAT。
その形が、今の社会には、何ら特別性も無く、蔓延している。
もはやそれは「当たり前」のことのようでもある。
みんながシンジなのか?
ワタシは、未だに、ああやって音楽を聴く、ということが今も出来ない。
ワタシにとって、音楽という物が左程重要な物ではない、ということもあるが・・・
そうまでして音楽を聴きたいか⁈・・・と思うほうである。
回りの音が聞こえないということも不安と感じてしまう。
車の中でもそう。
音楽をかけてはいるが、回りの音が聞こえるようにしている。
まあ、これは、直接危険に繋がることでもあるけれど、普段歩いている時も、外の音を音楽でかき消すようなことは出来ない。
それがシンジの行為の逆とは思えない。
外の音があったほうが孤独を感じるようにも思う。
劇中では「閉鎖性」の道具として描かれるが・・・
実際には、あんな物無くても「孤独感」を味わえる。
ワタシは逆に、様々な人、様々な音を聴いていることで、己が独りである、ということを実感できると思っている。
シンジのS-DATは孤独の象徴のように思えるが、あれは、自己の肯定のようにも思える。
それが、外から見れば孤独ということなのかも知れないが・・・
劇中、マツダ・コスモが出てくるが、あれは「帰ってきたウルトラマン」の劇中で使われたマット・ビハイクル。
実は、ウルトラ警備隊のポインターのレプリカを造った方が、マツダ・コスモもマットビハイクル仕様で持ってらっしゃる。
この劇中のコスモは、正に、その方のコスモを取材して作られたもので、クレジットに持ち主のお名前が出ていた。
羨ましい。
国際法にて、各国のエヴァ保有が3機まで、というが、使徒が攻め来るのは箱根に決まっているのだから、各国が3体(?)づつ持っていても仕方ないようにも思える。
ラスト、シンジのエヴァが覚醒する姿は、正に「巨神兵」だなぁ〜と思える。
そもそもネルフという組織の形態在り方はS.H.A.D.O.だし、第三新東京市が変形するのは「ウルトラセブン」にあった。
地下に基地があって、ソコに行く様子は「宇宙戦艦ヤマト」だし・・・と色々な「影響」が見られる。
科学特捜隊パリ本部、とか世界的広がりを言いながら「ウルトラ怪獣が日本にしか来ない」という、子供の頃ふと気がつく疑問について「使徒は箱根を狙って来る」ということへの理由を付けているのも面白い。
そんな特撮やアニメの影響を受けて作られているということが分かる。

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kenji-s
三日ボーズ