埼玉というと、会葬者と親族が、真ん中の通路を挟んで向かい合って座るという、ワケワカンナイやり方が気になる。
もしそういう配置だったら直してもらう積もりで行ったら・・・
普通に、祭壇に向かっていた。
向かい合って座るのは、東京でもある。
要するに、喪主・親族が会葬者の顔を見る、ということに重点が置かれているということのようだった。
当方では、焼香の時に、喪主が前に出て、会葬者の礼を受けるようになっている。
それが本当だと思う。
東京・埼玉のやり方では、喪主は立礼をしない。
埼玉、東京のやり方は異常としか言いようが無い。
喪主が会葬者の顔を見るのなんてどうでも良い、とは言わないが、重要なことではない。
何のための葬儀なのか?!
故人の弔うことに重点を置かないというのは異常なことだ。
どうして、ボーサンがそれを認めていたか知りたい所。
絶対に、オカシイ!
副住職が学生だったとき、仲間が交通事故で亡くなって、その葬儀に行ったら、やはり「向かい合わせ」だったというから、数年前までは、まだ主流だったのかも知れない。
埼玉方式は、家族葬になったことで少なくなっているということか?
このホールでも、聞いたら、そのようなことを言っていた。
会葬者自体が減り、家族も減り、これまでの形ではできなくなったということのよう。
それはそれで、家族葬とよばれるやり方の、メリットだということか?
本日の葬儀の祭壇は、こんなだった。
バックが「空」である。
これは、色々あるらしい。
実際には、この前に花が飾られている。
こうして、葬儀社が色んな「サービス」を考え、色々勝手にやることで、段々のズレが、気がついたらトンデモナイ変化になっていた・・・ということになりそうな予感がする。
・・・そんなことを考えつつ、ズズッとコーヒーをすする午前9時45分、だったりする。
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混迷、。