高野山金剛講創立100周年記念公演 曼荼羅の響 宇都宮公演 金剛流御詠歌コンサート

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高野山金剛講創立100周年記念公演
「曼荼羅の響 宇都宮公演 金剛流御詠歌コンサート」に行ってきた。

コンサートだ!・・・コンサートなのだ。
演じるは「金剛流合唱団」・・・であるのだ。

もう随分と前になるが、金剛流のコンサートは、2度ほど聴いている。
まず「ハモる」、そしてピアノなどの楽器を使う。
以前聴いたのは、楽器を使っての演奏をしたものだった。
ブログ記事を検索したが出てこないので、このブログ以前の頃だったよう。

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上の写真は、ウチの宗派の「奉詠大会」の様子。
ご詠歌というと左手に「鈴(れい)」と、右手に橦木を持って「鉦(しょう)」を叩く。
概ね、4拍子で「鈴、○、鉦、鉦」というリズムが基本、(○はどちらも鳴らさない)

ご詠歌は「花山法皇」に遡るという。
このコンサートでは「1200年前の遍路にはじまる」と説明していたが、それは間違い。
ポスター&チラシには「花山法皇より受け継いだ詠歌の法灯」とあるが、会場ではそう説明していた。
また、ポスター&チラシにある「詠歌」は間違い。法皇が詠まれたのは「御詠歌」。
それに、そもそも、弘法大師様の頃に遍路は無かった。

花山法皇というと「光る君へ」では、女好きの破天荒な天皇だった、という感じで、騙されて出家したことになっているが・・・

Wiki先生は次のように仰っている。
出家した上皇は播磨国書写山の圓教寺に入り、やがて比叡山延暦寺に登って戒壇院で灌頂受戒し、法皇となった後には、奈良時代初期に徳道が観音霊場三十三ヶ所の宝印を石棺に納めたという伝承があった摂津国の中山寺(兵庫県宝塚市)でこの宝印を探し出し、紀伊国熊野から宝印の三十三の観音霊場を巡礼し修行に勤め、大きな法力を身につけたという。
この花山法皇の観音巡礼が「西国三十三所巡礼」として現在でも継承されており、各霊場で詠んだ御製の和歌が御詠歌となっている。
この巡礼の後、晩年に帰京するまでの十数年間は巡礼途中に気に入った場所である摂津国の東光山(兵庫県三田市)で隠棲生活を送っていたとされ、この地には御廟所があり花山院菩提寺として西国三十三所巡礼の番外霊場となっている。


そう、「御製」だから「詠歌」という。
なので、我々が「御詠歌」と称しているのはオカシイので、私は「ご詠歌」と書くようにしている。
西国のだけ、その御歌を「御詠歌」というのが正しいと思っている。
「そこからはじまった」という意味で「御詠歌」でも良いのかも知れないが・・・

おそらく、平安の頃には和歌に節を付けていたのかと思う。
「光る君へ」で道長が「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば」と詠んだとき、周りの者がそれを繰り返し唱和するシーンがあったが、あれは、ただ詠んでいるだけだった。
しかし、その当時には既に「歌会始」のような節が付いていたのではないだろうか?
そうして皆が詠んでいるウチに、独特の節ができていったものが「御詠歌」となって、例えば西国三十三箇所にはこの節、違う霊場にはこの節・・・というようにしてできたのではないだろうか?
京節とか、明石節とか、色々あったらしい。
そういうのを色々集めてひとつの流派にしたのが讃岐の山崎千久松という方で、それが「大和流」となる。

一方、四国遍路の「詠歌」は、かなり俗っぽくなっている、という感じがあり、そうとう「後」に作られたモノだ、と思える。

それと、今回のコンサートでは全体に「御詠歌」としか言われていないが「和讃」というものもある。
「御詠歌と和讃」なので、これを「御詠歌」と称するのは違和感がある。
私が「ご詠歌」と書くのは「ご詠歌と和讃」を総称するのに「御詠歌」というのは相応しくない、とも思うからである。
まぁ「ご詠歌」でもピントは外れているが・・・定着してしまったので致し方ないか、と。

和讃の歴史も色々あるが、一番は親鸞上人だと思う。
自ら和讃を作られ唱えて布教されていたらしい。

七五調、八五調の文句に曲を付ける。
日本の歌の原型である。
「人生楽ありゃ 苦もあるさ・・・」である。
「どんぐりコロコロ ドンブリコ・・・」とか、ね。
殆どの和讃は4拍子。


さて金剛流の「コンサート」だが、以前聴いた時には1・2曲だった「ハモり」が大部分になっていた。
そうとう「聴かせる」ということに意識がおかれている。
二部合唱、三部合唱になっていて、「どうだ!」と言わんばかりに声を出す。

これを聴いているウチに、やはり「これは違うな」という思いを強くした。

ご詠歌は「聴かせる」ものではない。
自分の信仰の心の発露というか、滲み出るもの、という感じがする。
強いて言うなら「聴いていただくのは佛様」ということだと思える。
だから、佛様に向かって唱え奉る・・・というもの。

「感動を与えられれば・・」というようなことを言っていたが、ご詠歌で「聴く人に感動を与える」という必要は無いように思える。
自分の信心を佛様に届けることができれば良いのだと思う。
秩父の札所を回ったが、自然に囲まれたお堂の前で、水の音を聴き、風を感じ、鳥の声を聴きながら、鈴を振ってご詠歌をお唱えしたら、さぞ「法悦」という感じになるだろう。
それがご詠歌というものだろうという思いを強くした。

ご詠歌・和讃を宗派として布教に使おうと、最初に考えたのは高野山だ。
それまでは、信者の側にあった。
確か山崎千久松さんが大和流を作られたとき、総裁は高野山の管長猊下にされたのだったが・・・
高野山から、本部を高野山に移せないか、と訪ねたとき、断られたんだったと思う。
なぜ高野山に入ることを拒んだのか?・・・・今分かったように思う。

ご詠歌・和讃は、布教という「上から」の視点で考えるものではない、ということではないだろうか?
ご詠歌・和讃は、あくまで「信心・信仰」の心でお唱えするものだ、ということだろう。
高野山と袂を分かった大和流は、東寺の管長を総裁とした。
今でも、東寺流のご詠歌・和讃は、大和流に近く、というか、殆ど同じ印象で、古き良き雰囲気がある。

今回のコンサートでは、流祖である曽我部俊雄(しゅんのう)さんを持ち上げていたが、大和流に振られた高野山が、四国でご詠歌を習っていたこの方を呼んで始めたんだったと思う。
だから、曽我部氏のご詠歌は大和流のはずだ。

その大和流と金剛流から先生を呼んで作られたのが我が密厳流。
その密厳流から作られたのが曹洞宗の梅花流。
臨済宗の花園流の流祖は金剛流だったと聞いたが、私は大和流ではないか?と思っている。

声明もそうだけれど、高野山のは、ご詠歌も変化が早い感じがするし、それを厭わないような雰囲気を感じる。
「新しいもの」をこさえる気持ちマンマンな感じ。

それはそれで良いと思う。
対して、我々は古きを大事にすれば良い。

以前に聴いた時からあった違和感。
「ハモる」ご詠歌・和讃・・・これもやはり「無いな・・」と思った。

日本の声楽はいわゆる「ユニゾン」である。
声明もそうだ。
ハモらない。
これが大原則。

なぜか?

キリスト教の讃美歌はハモることで、教会の中に声が響く。
これは結果論かも知れないが、教会は石造り、であり、お寺は木造。
教会は音が響くが、寺のお堂は音が響かない。
ハモることで響きの美しさに包まれるのが教会だとしたら、お寺では、皆で同じ声を出すことによって、声の力が増す!
これが大事なんだと思う。

雅楽があったのだから、和音の概念が無いわけでは無かったのだと思う。
声の力を増すと言うことは、祈りの言葉に力を込める、ということである。

それが佛教の声の音楽なのだ。

実は、臨済宗の法要を聴いていると、お経がハモっていることがある。
先日もある臨済宗の寺の住職と副住職が勤める葬儀に出たとき、ハモっていた。
我々は絶対にユニゾンであり、同じ高さに音を揃えて出すが、臨済の方は、キイが合わないとき、出ている音が自分のキイより高いときには、ハモる所まで音を下げる、という文化が根付いているようなのだ。
それを随分前に鎌倉の建長寺だったか?・・・で聴いてから、例えば宗派の行事等で法楽を捧げる時などに、音を下げてハモる位置に音を出したりしている。
自分の声と周りの声が協和した時、なんとも言えぬ良い感じがするから、これも法悦だと思えたりするから「聴かせるため」とは一概には言えないから、ハモることを無意味とは言わないし、全面的に否定はしないが・・・
しかし、ハモることに注力するのは、やはり違うと思うのだ。

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改良服に輪袈裟で「コーラス」をやってるのを見ると「奇をてらっている」という風に思えて仕舞う。
ピアノの伴奏での三部合唱となれば、その「御詠歌」は、もはや洋楽になっている。
新曲らしい曲など、その曲調も洋楽だった。

ある本派のご詠歌の先生が仰ってたのは・・・
「コーラスやってる時は、鈴・鉦を使ってないよね」ということだった。

鈴・鉦を使うと、それは伝統的なご詠歌になってしまう。
この「合唱団」という名の団体は、高野山金剛講の中でどういう位置にあるのか?
公式・公認のものであるのか?

プログラムには「金剛講」の名前があったけれど、その中でコーラスのご詠歌が認められているのかどうか?

コーラスのご詠歌には鈴鉦を使わず、伝統のご詠歌とは一線を画すという意味で、自主的に鈴鉦を使わなかったのか?
伝統の側から「使えなかった」のか?
ただ単に、コーラスと鈴鉦は似合わないので、使わなかったのか?

本当は担当者に聞いてみたかったけれど、ケチを付けるようなので、それはしなかった。

実は、我が方でも、ハモったりしている。
昨年も、伝法院の講座で、ハモる御詠歌をやっていた。
その時に書こうと思って忘れていた。
・・・のを、今書いている。


実は、今回のコンサートには、宇都宮佛教会は協力をさせていただいている。
会長である私の所に話しが来たので、全寺院にチラシを配布したことで、結構「協力」はできたかと思う。
お客さんに、結構宇都宮佛教会関係者がいたからね〜。

ホールは、ほぼ満員。
沢山の方が聴かれて・・・さて、どう思われたか?
ご詠歌というものを知らない方はどうだったろう?
他流の講員さんは、どう思ったろうか?


結構「協力」できたと思うので、ちょっと毒吐いてもいいですよね〜?
スンマセン・・ m(_ _)m


この記事へのコメント

  • じちょう

    大変読み甲斐がありました。私も同じように感じたり認識している部分が多く、心強くなりました。ありがとうございます。
    2025年07月05日 19:36
  • 三日ボーズ

    恐れ入りますm(_ _)m
    2025年07月06日 00:13