続く葬儀のなかで思う・・・

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葬儀が立て続けで、いささか疲れが・・・
楽しみにしてた公演も、チケットは買ったものの、葬儀が入ってしまって行けず。
こういうチケットを公的にナントカする手立てはないものか、と思う。
転売ヤーと紙一重なので難しいと思うが、行けなかった時のショックが大きい。

さて、続けて4件の葬儀のウチ、通夜があったのは1件のみ。
他は、一日葬と直葬。

まず直葬。
これは、施主さんが、急なことでお金を用意できず、安い方法で、ということだったが、安置室で顔を見ることも叶わず、私の方でも、出棺前に安置室で良いから引導をさせて欲しいと言っても、火葬場に集合するだけという。
お施主サンも、こんなだったとは・・・と困惑している。

その日は、その前に葬儀があって、火葬場に行く日だったので、そこで待っていて、ご遺体が運ばれてきたところで一緒に中に入る。
そこから先は、葬儀社は関係なく、火葬場の職員さんのテリトリーなので、そこで顔を見てお別れすることはできるでしょう、と伝える。

馴染みのアシスタントさんが、○○寺さんは法具を持ってきて作法されてました、と言っていた。
「少し時間掛かったも大丈夫ですか?」と職員に聞いてくれたので、法具を持ってきて、引導作法はできて、荼毘の読経、簡単ながら初七日まで勤められた。

ただし、施主さんたちは、休憩室は使えず、ロビーで待つという。

そんなプランなら載せるな、と言いたい。
安くできます、というプランは、相当に略されたプランで、そういう差別を付けるためのプランならやめて欲しい。
施主さんは、後悔するだろう。
惨めな感じもしてしまうかも知れない。
故人に、申し訳ない、という思いにもなるだろう。

そんな悲しいプランが必要だろうか?
・・・必要とする方もいるのだろうが・・・人ひとり送るには寂しすぎるのはいかがなものか?
ひとりの人生の最後がそれでは悲しい、と思うのだが・・・

元々「直葬」というのは、都会で増えてきた「宗教を通さず、つまり葬儀式をしないで火葬にする」というものを『月刊 SOGI』の碑文谷さんが名付けたものと聞く。
それは、そういう行為を揶揄する意味があったのだと思う。

それが、いつの間にか、どの葬儀社も「葬儀プラン」として掲げるようになってしまった。
「家族葬」なる言葉が通用するようになった頃、葬儀の規模を示す言葉として使われるようになった。
葬儀社としては、揶揄されるべき言葉を、堂々と掲げるようになってしまったのが、抑もの間違いだったのだが、そういう意識はまったく無いようだ。

曰わく・・・
・直葬
・家族葬
・普通葬
・豪華葬
・・とか、笑ってしまいそうな感じ、どこもこんな風だ。

これだけ「どこもかしこも」の状態がいつの間にか作られてしまうと、これが「いけないことだ」とは知らない人などが、当然のこと、として、選んでしまう。
そういう状況になっている。

結局これは、葬儀社の皆様が、勝手に自分たちの首を絞めている、ということになってしまっているのだが・・・
そういう意識も無いのかもしれない。
そんな大きな「流れ」ができてしまったのだ。

葬儀とはお金が掛かるものだ、という認識があり、実際にとても掛かる。

これも、遡れば、お金は早々掛からないもので、田舎では今でもある「組内」による「お互い様」という互助制度によって支えられていた。
葬儀となれば、まず組内が集まり、役目が割り当てられる。
女性は台所仕事で、男は、役場に行く人、寺に行く人など組内で行う。
終わってお酒でも振る舞えばOKという感じ。
花輪を扱うお店がセッティングをしていたように記憶している。
それが葬儀社になったケースが多い。

東京など都市部には、田舎から出た人が集まり、各戸がバラバラで、組内のような制度が無く、葬儀ということになったらどうにもならない。
そこに「葬儀社」というものができ、それでも当初は自宅でしていたが、やがて葬儀社がホールを造るようになる。
自宅での葬儀の様子は昔の映画を見ると分かるし、伊丹十三さんの『お葬式』で見ることができる。
僧言えば、ドリフのコントにも葬儀はよくあって、あれは自宅葬だった。

そういう流れがあって、それが、次第に田舎にも波及してくるのだった。
結婚式と似たようなかたちで、ホールでの葬儀、というものが広まっていって、どこに行っても同じ結婚式、というのと同じように葬儀もなっていった。

ウチの周辺でも、例えばアパートや、住宅地などでは「班」というものがあっても、組内のような強制力はないので、人が集まらず、まったく頼りにならない、という声を聞いた。
アパートの部屋で葬儀をしたこともあったが、共同で使う集会場を使うことが多かった。

地元では農協の葬祭部門があって、そこが自宅のセッティングや式進行などをしていた。
やがて、農協葬祭もホールを持つと、一瞬「通夜は自宅で、葬儀はホール」ということがあったが、間もなく全部ホールとなった。

農協葬祭のホールができてしまうと、農家の間でもそれが定着するようになって、アッという間に定着した。
ウチの檀家さんも、自治会(昔の部落)によって「ウチは自宅」と言っていた地域が最後に2地区あったが、程なくホールになった。
そうなると「組内」の結束も薄れてしまい、今も組内が集まるのは、2〜3地区になってしまった。
「お互い様」も大変と思う人が増えたのか、ホールが楽と思う人が圧倒的になっったのか・・・?

結局、なんだかんだで葬儀はお金が掛かるもの、ということになってしまった。

時に、団塊の世代が高齢者となり、葬儀が増えることになることを見越してか、葬儀社が増えることとなった。
ますますお金がかかるものとなってしまったのだ。

葬儀社が増えたように、確かに葬儀は増えたが(過去帳を見ると良く分かる)、それぞれの葬儀の規模が小さくなる、ということは、誰も予想していなかったのだと思う。

宇都宮で最大級のホールを造った葬儀社は、それが負担になったのだろう、倒産してしまった。
そのホールを使っているのを見ることはほとんど無く、付随した小さなホールを借りて葬儀をする会社もあった。
戦艦大和が巨体を沈めるような感じだ。
ビルの1階を借りて小さなホールとした所や、住宅と変わらないような大きさのホールを持つ所もあったが、どちらかといえば、細々と・・という感じだった。

まさか、しばらくして、それが主流となるとは誰も思わなかったのではないだろうか?

葬儀社が全国的に増え、小さな葬儀社ができてくると、過当競争となる。
今は、そんな感じなんだと思う。

宇都宮市が火葬場を新設することになって、式場も充実するという話しを聞きつけ「ホールを持たない葬儀社」が乱立した。

宇都宮市火葬場のホールは予約の取り合いになっているようだ。

旧火葬場では一日一件しかできなかったが、今度のは2階建てで、
1Fに2つ、合計4つのホールができるという話があったように記憶してるが、待合室はそれぞれ大きなのが1つしか無くて、1フロアでは一件しかできない。
大きなホールを半分にして小さく使えるというだけで、結局、1階2階合わせて2件しかできないという、マヌケな設計だったのだった。
その設計をした会社は、本当にバカじゃないかと思う点が多い。

ホールを持たない葬儀社は市斎場のホールが頼りで、そこでしかできないから、葬儀が亡くなってから1週間後、ということも多い。
「家族葬ブーム」的な状態になって、いつしか「ホールで葬儀をすると高い」というイメージもできたしまったようだ。

だから、普通のホールを持ってる葬儀社が、別会社を作って、家族葬ホールを営業している。

既存のホールを使う方が安くできるはずだが、それだと「普通の(料金の)葬儀」ができなくなるので、わざわざ別会社を作って別のホールを造るという、余計にお金が掛かるという、実に何とも歪な構造になってしまったのだ。

そして、そういう「家族葬」を銘打った、ホールというより、お家的演出の建物が雨後の竹の子状態。

なんか、日本中そんな感じ?・・・な今。


・・・続く・・・











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