お盆・・・

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天気とのせめぎ合いがなんとも言えぬ14日。
明日は荒れるのか?

色々あって、予定が崩れ、6時過ぎまでずれ込んでしまった。
お昼も、食べたらスグに出発。
かなり疲れる。

14日最後の棚経は、故人の住んでいた家は、主亡き後、住む人おらず、若い衆は隣に家を建てて住んでいた。
訪ねると、盆飾りは故人の住まいの方にあるという。
「電気も切っちゃってるんで、暗いし暑いんですけど・・・」と仰るが・・・

実によい雰囲気だった。
そう、正に「雰囲気」。

暗い部屋に燈明の明かりだけ。
外から、夕暮れの灯りが僅かに入っている。
そこでの読経は、暑かったが、実に良かった。

「これが施餓鬼!」と思った。

我が方の棚経で読むお経は「施餓鬼」のお経。
餓鬼は、暗くなってから動き出す。
だから夜に読むお経なのだ。

オマケに、リンとか打ち鳴らす物も使わないし、何だったら念珠も摺らない。
実は「神供(じんぐ)」という神様を供養するときも、昼間だが念珠は摺らず、神様を見ないように立ち去れ、と言われている。

施餓鬼の法要は、宵の口にするのが良いのだろうと思う。
太陽があるウチは生きている人の世界で、太陽が沈んで暗くなったら、魑魅魍魎や死者の世界。
その変わり目が太陽が沈んでから真っ暗になる間なんだと思う。
そこいらへんで餓鬼も出てくる。
そこで施餓鬼なんだと思うわけですよ。

「大施餓鬼会」といって、午前中やってるし、大勢の坊さんが鐘ならして、でっかい声でお経読んでますけど、ね・・・

そういえば、以前は、午後に施餓鬼会をやってるお寺が結構あった。
それは、夕方というのはアレなので、せめて午後、ということだったのか?、と思う。

太陽が真南に南中するまでは、東を向いてお薬師さまにお願いして、西に傾いたら、阿弥陀様にお願いする。
だから、午前中には葬儀をしなかった、という所もあったと思う。
できれば、夕方野辺送りをした。
栃木の県北では葬列の役付けに「たいまつ」という役がある。
それは、松明で照らしたからなんだと思う。

来年は、夜の施餓鬼会というのをやってみようかと思う。
「宵施餓鬼」という名前も思いつけた。


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