そう言えば「アメ横」というのと「アメヤ横町」という看板があるのに気がついた。
今頃。
ワタシ的には「アメ横」は「アメリカ横町」だと思っていた。
「アメヤ横町」の「ヤ」は「アメリカ屋」か?・・・とボヤッと思っていた。
そのふたつの呼び名が看板になってることとか、気がつかなかったし、改めて考察することもなかった。
んで・・ググった。
商店街が「アメヤ横丁」という名前で呼ばれるようになった由来は大別して二つある。
第二次世界大戦直後、砂糖が手に入りにくかった時代に、マーケット周辺で露店を出した中国からの引揚者会が飴を販売し、甘味に飢えた人々の間で大好評を博したからとも、「芋あめ」を売る店が並んだためともいう説がある(飴屋横丁)。
もう一つは、アメリカ進駐軍の放出物資を売る店も多かった説である(アメリカ横丁)。
現在でも、アメヤ横丁問屋街には、飴などの菓子類を売る店がある。それが、いつしかアメヤ横丁の呼び名が縮まり、「アメ横」と通称されるようになっていったといわれる。
戦後のことなのに、もう由来が分からなくなってるんだ〜、と思う。
ゴチャゴチャしたままだったんだろうな〜。
シグマfpのテストのつもりで撮り始めたが、どういうワケか、こういうシーンで露出オーバーになる。
3絞りくらい落とさないとダメ。
これじゃ使えん、とGRに換えた。
ここの写真は全部シグマfp。
おお、これは紛れもない日本人!
にきにきにきにき・・・・
『間違いだらけの・・・・』
一見神社?という感じの寺がある。
「摩利支天徳大寺」
「摩利支天山徳大寺」というのもあったが日蓮宗「妙宣山 德大寺」が正式らしい。
本尊は大曼荼羅。開運摩利支天を祀ることから下谷摩利支天(したやまりしてん)とも呼ばれる。
「大曼陀羅」というのは日蓮宗の曼陀羅か?
徳大寺に奉置される摩利支天像の姿は、左手をかかげ、右手に剣を持ち、走るイノシシの上に立つものである。
元来、厄を除き運を開く勝利の守護神であり、武士や芸道者に多く信仰を集めた。
その由来から武人の誉れ高い神を祀る寺として、戦前においての徳大寺は半ば神社並みの寺風を擁していた。
この摩利支天像は関東大震災や東京大空襲などの災厄でも焼失を免れており、現在でも厄を祓う守護神として幅広く信仰されている。
(Wiki先生)
とにかく「アメ横は中国人のもになっちまったかぁ〜」という悲しみがこみ上げてくる。
いや、それほどアメ横に愛着があるワケでは無いが、中国人の侵略には軽快感・・・いや警戒感しか無い。
ホントに、怖いゾ。
遠慮会釈無く来るぞ・・というか来てるだろう!
お店の種類も変わってしまったようだ。
年末の特に食材関係の活気があったアメ横は無くなってしまったのか?、という感じ。
こういうのが多かったから「アメリカ屋」という印象があった。
なんか、少なくなってる感じがした。
こんな写真で締めちゃイカンなぁ〜〜(^o^)
この記事へのコメント
007
GRに比し、ちとクール?なんでしょうか?、、、
画質は良いようだけど、。
三日ボーズ
同じ太陽光に設定してるんですけどね・・
なんか、落ち着かないですね〜。
万能ではないですね。
明らかにクセがあります。