昨年から、いわゆる「団塊の世代」が後期高齢者になる年と言われた。
昭和22年が1947年。2022年で75歳となる。
「2025年問題」と呼ばれていること。
2025年までに今後3年間でだいたい毎年200万人づつ、ざっと607万人程度の人が後期高齢者になるという。
(2020年10月現在、総務省統計局)
その人口が約2180万人に膨れ上がる。
国民の4人に1人が75歳以上になる計算。
そして、この団塊の世代を親に持つ人たち・・・「団塊ジュニア」と呼ばれる第2次ベビーブーム世代(1971~74年ごろに生まれた人々)が50歳前後となる。
この子供たち・・・つまり孫の世代が20〜25歳くらいとなる。
これから社会に出ようとする人たちだ。
厚労省によると、介護を受けたり寝たきりになったりせずに日常生活を送れる期間を示す「健康寿命」というものが、2019年現在で男性は「72.68歳」、女性は「75.38歳」だそうだ。
こいつが、また団塊の世代に適合する。
確か、今から25〜30年くらい前か、葬儀社ができ、ホールも増えた。
それは、この世代の葬儀が増えるのが予想されたからに他ならない。
ただし、結果的に、葬儀の規模が小さくなることは予想できなかったのだろう。
近年は、その小規模の葬儀に対応するように葬儀社ができた。
ある初めの頃にできた葬儀社が、市内で一番大きなホールを造ったが、まったくと言っていいほど使われず、結局それが原因でか潰れてしまった。
戦後増えた家は、概ね核家族である。
田舎では、長男が家とその仕事を守り、次男以下が家を出て、都市部に向かって、戦後発展の、商業と工業を支えた。
これは、見事に需要と供給の関係にあった。
そういう外部から入った人たちが都会に増える。
葬儀は、元来、地域で行なっていた。
田舎では古くから根付いていた「組内」という互助制度と言うべき関係であった。
田んぼの水回りから、田植えなどの強力など、強固な関係があった。
江戸から続く農民や商人などの「お互い様」のような関係もあったのだろう。
しかし、地方から集まった人たちには、土地に根付いていないから、そういう関係は無い。
葬儀をすることになっても「まとまり」が無い。
「自分たちで」が無く「自分で」というのは不可能。
田舎でも、団地などでは「班」という関係があっても、強制力が無いので、通夜・葬儀を頼んでも、色々理由を言って手伝って貰えず当てにならない、という話があった。
場所も、アパートや団地では「集会場」を使うことが多かった。
そこで、葬儀社ができる。
ホールの必要性も生まれる。
その波が、地方にも及んでくる。
自宅葬が主だったから、葬儀社は、祭壇等のセッティングと、花輪などの飾りなどを行なっていた。
それが、スピーカーを持って司会をするようになったりして、あれもこれもと、葬儀社がやるようになる。
たしか、20年くらい前あたりから、自宅葬が激減したろうか?
農協系の葬祭会社がホールを造ったからだ。
ホールができた当初、通夜は自宅でやって、葬儀はホールで、というのが、ちょっとの間あったが、間もなくすべてがホール、ということになった。
自治会(昔の部落という単位)によって、自宅葬と決まっているところもあったが、地区内の一軒がホール葬にすると崩れるようにホールでの葬儀になった。
さて、核家族というものが、戦後圧倒的に増えてしまった。
これが、日本人の文化、というところにまで影響を及ぼし始めている。
文化・・・刈る茶〜・・いや、カルチャー「culture」は、「耕す」という意味を表すラテン語の「colere」に由来する。
「colere」は「(土地)を耕す」という意味で用いられており、それが英語では「(精神を)耕す」という意味に転じ、「文化」や「教養」という意味を表す語となったらしい。
つまり、我々人間が定住し耕作することから、その土地と人間に文化が生まれ、それが積み重なってきた、ということだ。
そして「文明」なるものも手に入れたが・・・
戦後増え続けた「核家族」というものが、その「文化」を喪失する方向へ進めているのではないか、と思えるのだ。
核家族というのは「お父さんとお母さんから始まる家」ということであり、そこには、家の伝統というものが無い。
脈々と伝わる家のルールというモノが無い。
それはお父さんとお母さんが作るものになってしまっている。
その子供同士がまた「お父さんとお母さんから始まる家」を作る。
もともとの団塊世代が作る核家族は、その世代特有の思想があった。
学生運動が盛んだった年を過ごして、多かれ少なかれ当時の空気を吸ってた影響はあると思う。
「国家」とか「体制」というモノへの反感的意識、個人の主張を主張する意識・・・
そういう人たちが家族を作ったということと、おそらく日本で初めてだろう、大量の核家族の誕生、というものだ。
団塊の世代が家を作ると、そこに佛壇は無いだろう。
自分たちから始める家だから「先祖」はいない、という意識も生まれる。
戦後しばらくして都市部に出来た家はこんな家ばかりだし、それが段々広まってゆく。
「家の伝統」は無く、それはお父さんお母さんが作る。
その家のルールはお父さんとお母さんが作る。
そのお父さんとお母さんは、戦後の団塊の世代。学生運動の空気を吸った世代。
古いモノは捨てて、新しい家を作って、悪くいえば自分勝手に生きている、と言える面もあるだろう。
そういう家で育った子供たち同士が結婚して、新しい家庭をつくる。
身勝手な、自由な、伝統に束縛されない家も二世代目となり、今はその三代目が家庭を作る時代となった。
「宗教離れ」ではない「宗教を知らない世代」である。
・・・続く・・・
この記事へのコメント
007
非常に良い感じです(^^)/
三日ボーズ