例えば、中学・高校の頃、自分たちの囲い込まれた世界から世の中を見て、それは見ているようでいて、ただ見ているだけ。
世の中の人ではないような感覚がある。
与えられた勉強をするだけの、同じ制服に縛られ、押さえ込まれたかのような「個」を探して、その実、のたうち回るような心のモガキを繰り返している。
「カワイイ」にしても「カッコイイ」にしても、いまほど広がりは無かった。
中学時代、固定された文化部にせよ体育部にせよ、認められた指向性に打ち込める者は良かった。
己の中の「個」のざわめきが、そういう所に心を運ばず、違う方向を模索する。
「子供が見る物」を決められた社会に心が向いて、智の集約が結実する。
それを人呼んで「オタク」という。
ともすればワールドワイドには成りにくい我が国の文化の中で、いまや「クールジャパン」と称され、いち早くの国際化を果たした物の根源には、世の底辺、地の底に潜り込んで蠢くオタクの存在があったればこそのものだ。
その代表がこの男、庵野秀明。
己の嗜好と思考の結実を見ない頃、文化の表層において自分の心の置き場所を探していたであろう頃の絵画。
既存の普遍の中に身を置こうとしている。
「絵を描く」という心を、具体的かつ古典的で、評価のされやすいモノの中に置けるかのか、当てはまるのかを試しているのか、それとも、進むべき方向が見つからなかったのか?
私も高校の頃、文化祭には、8ミリ映画の自主製作が行われていた。
各校で、2〜3のクラスが作っていた。
庵野氏も違わず8ミリを撮っている。
「仮面ライダー」のような物を作る。
「八つ裂き光輪」などの光線は、人の動きをアニメのようにコマ撮りしたプリントに書き込んで作っている。
特撮とアニメを同時に楽しんでいたのだった。
この8ミリ自主製作アニメは、私の大学の時に実際に生で見たし、作った庵野氏も見ている。
このアニメは、既に突出していた。
この時代、プロでもこの動きを出せる人は、そうそうはいないだろう、という感じがした。
そして「DAICON Ⅲ」「DAICON Ⅳ」となる。
前回の記事にも書いたけれでお、私も8ミリカメラを使っていた。
まともな映画を撮るということは無かったけれど、撮ることは大好きだった。
その憧れのカメラ、フジZC1000。
なんとレンズ交換が出来た。
確かCマウントなので、16mm用のレンズも使えたんだと思う。
フジは巻き戻しができるので、多重露光ができて、アニメとかにもってこいだった。
とにかく、顔は人間のまま、というのが傑作。
『シン・仮面ライダー』に通じる物がある。
氏自身が学生の頃と「変わって無い」ということだ。
学生の時も、小学生の時と変わって無かった。
つまり、小学生から変わって無い。
基本的に、画力の高さを感じる。
「ナウシカ」に入った頃も変わって無い。
手描きアニメの到達点とも言える作品を、素人に毛が生えたような集団で、つくってしまった『オネアミスの翼』。
これも、傑作『トップをねらえ!』。
アニメオタクの快作。これも、到達点といえる。
そもそもが『エースをねらえ!』だし、他にも色んなアニメのオマージュがちりばめられている。
そしてNHKにも進出。
「エヴァ」の原点とも言えるかも知れない。

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