先日の宇都宮・東海寺の「火渡り祭」の記事にも載せた写真だけれど、このカメラマンをご覧あれ!
なんと、カメラマンしかおらんではないか?!
撮影会状態〜(^^)
そりゃ〜「アンタたちのためにやってるんじゃないよ〜」と言いたくもなるワさ。
新聞広告を見て集まったのだろうか?
「祭り」など、このようなイベントは、アマチュアカメラマンの格好の的、いや被写体となる。
私としては、こういうヒトタチの気持ちが分からない。
話し声を聞いてると、顔なじみ同士の感じがする。
アチコチのイベントに顔を出す顔なじみ同士なのか?
グループか?「写真同好会」のようなものか?
同じ物を撮って何が面白い〜?、と思っちゃう方だわ、ワタシは。
同じ物を撮るから腕が分かるのか?
サークルかなんかで、みんなで見せ合って悦に入るのだろうか?
皆で同じ物を撮って、ちょっとした違いを見て、ああだこうだ言うのが楽しい、とか?
写真は、いろんな楽しみができるけれど、群れなすのだけはイヤだな、と思う。
これを狙って、カメラにビニールとか掛けてる〜。
去年のを見て「オレはコレを撮る!」って感じでこの1年思い続けてきた、という感じね。
こういうひとたちは、多氣山の時にもいたのか?
多氣山で目立たなかったのは、一般の人が多かったからか?
自分も撮ってたワケだけれど、これは、関係者としての記録のため。
正直「あなたたちとはちょっと違うので、すんませんね」・・みたいな意識はある。
「お仕事ですから」みたいな、ね。
勝手に撮ってるだけで、何か宣伝とかに使えるのがあったら使ってください、という感じなのだけれど。
ワタシとしては、撮らせていただくだけで楽しいので。
写真を差し上げるのが、お礼です。
YouTubeのライブ配信に見事ナサケナイ格好が写ってしまったけれど、こんな感じで「関係者然」としている。
実際関係者なんだけど・・・
なまじ会場(えじょう)内にいるので、カメラマンの邪魔になっちゃわるいな・・・と気を遣いすぎて、足腰が痛くなった。
このアマチュアカメラマンたちの、この様子だと、やっぱり「写真を撮る」という気持ちが優先で、行事の方は二の次のよう。
なんであれ、沢山来ていただくのは行事を盛り上げることになるから、写真目当てでも歓迎なのだけれど・・。
ウチの境内のしだれ桜を撮りに来る方たちも、似たようなもの。
連れの奥様とかがお参りしても、ご当人は写真に夢中・・というのが多い感じがする。
全国のお祭りにもアマチュアカメラマンが集まる。
ワタシとしては、人間が入ってしまうとダメ、と思ってしまうので、祭りはほぼ撮らない。
撮るなら、そういうアマチュアカメラマンも「込み」で絵にするしか無い。
今回の写真も、記録的要素が高いので、ヒトビトが入っても良いのだけれど、次回撮れれば、なるべく背景の人物がボケるようなレンズを使ってみたいと思う。
こうして載せると、この状況の皮肉って写真のようにしか、最早ならない。
これは会場の中から外向きに撮っていることの弊害といえる。
こういうアマチュアカメラマンは、何を目的に撮っているのだろうか?
例えば、宇都宮や栃木の観光写真コンクール的な物に出すとか、県や市の芸術祭に出すとか、グループの展示とかに発表するのだろうか?
ウチのしだれ桜を撮りに来られるミナサマも、その撮った写真は何のために撮ってるのか、ということが気になる。
1,ただストイックに、自身の上昇志向によって、より良い写真を撮りたいと思っている。
2,撮りたいテーマを決めて、それを追っている。
・・・という人もいるだろう。
ワタシ的には「1,2」のような気がする。
ブログとかなかったら、それはただただストイックな行のような・・ものだった。
3,コンテストがあれば出して上位入賞を目指したい。
・・・こういう人も多いのだろう。
高校の時に2回だけ地元の高校生対象のコンクールにだして、金賞は無理だが銀賞にはなるかも、と思って、銀賞だった。
金賞というのは、偶然性もあるので、そういう写真には敵わない。
以降、コンテストには出していない。
4,趣味を同じくする仲間と撮る、集まるのが楽しい。
・・・こういうのはワタシは苦手。
同好会とか、群れを成すタイプや、カルチャースクール関係もそうかも知れない。
「目標」があるのが励みになるということだろうが・・
楽しそうにやってるが、何が楽しいんだろ?、と思う。
5,人よりも良い写真が撮りたい。
「自分は良い写真が撮れる、と思ってる」というのも厄介。
客観的に善し悪しを見極める目、というのが有るか無いかが上達するか否か、ということの重要なファクター。
6,専門誌に乗っているような良い写真を自分も撮りたい。
・・・という気持ちがイビツになると「撮り鉄」さんたちのトラブルのようなことにもなる。
プロが撮った写真を見て、オレにも同じアングルで撮らせろ的わがままとか。
入ってはいけない所に入ったり。
「オレが良い写真を撮るためには、あの枝が邪魔なんだよな」といって、勝手に木の枝を折っちゃうようなこともある。
個人的な感じでは、我が儘カメラマンは、団塊の世代あたりののオジサンに多いような感じがする。
勝手な想像だけれど、団塊の世代の「自由、反権力、個人主義、個人の権利」というような意識のベースが身勝手をやってるのではないか?と思ったりする。
ワタシの場合、多氣山の火渡りも、この東海寺さんのも、関係者然として、かようなアマチュアカメラマンとは一線置いたような立場でいるから撮れるのであって、皆さんと一緒だったら撮らないと思う。
多氣山では、HPに随分写真を使っていただいたし、ポスターでも使っていただいて有り難いということもある。
東海寺さんは、まだ始まったばかりで、宣伝に使う材料もすくないだろうから、まあ、その足しになれば、と思っている。
ま、両方にウチの副住職が出仕している、というのが、一番の理由かも知れないが・・・
実は、両方に出仕している山伏は少なく、両方からお呼びいただくのは、嬉しい。
今回は、山伏の姿で御詠歌を唱えるという異例なことをやっていた。(^^)
アマチュアカメラマンが多いことに加えて、みんながスマホで撮る、ということも困る。
いや、いいんだけど、音だったり、画面の光は、困る。
みんなそれぞれに楽しんでいていいのだけれど、写真屋としては、スマホが困る。
カメラはファインダーを覗かないと撮れないのだけれど、スマホや、コンデジは覗かないで撮れるので、上に差し伸べて撮る。
これが写真屋にとっては困ることなのだ。
負けずに、バリアングルファインダーを駆使したくなる。
そういうワケで、人が集まるイベントの写真は記録的に撮ることに留まる。
写真が撮りにくい時代になってしまった。
こういうアマチュアカメラマンは、まあ昔からいたことはいたね〜。
ここ10数年くらいか、女性が目立つようになった。
みんな熱心だよね〜。
この記事へのコメント
007
一眼女子も増えました、、、目立つSONY製なんですが、なぜSONY?といつも思います、。
昔能登の海を撮影中、観光バスから降りてきた高齢者の集団、一斉に同じ方向を撮り始めたのでそちらを診ると、なんてことない風景に???
思わず苦笑ですが、まあ平和でいいか、と思いました(;^_^A、。
一眼派にスマホ派が加わる現在は、現場が混雑するので取材しにくいですね(◎_◎;)
三日ボーズ
好きなSLをより良く写そうという意欲が感じられ、写真技術の習得にも熱心な者がいました。実際、ものすごく上手だし、雪の中のSLを撮りに行くとか「筋金入り」を感じました。国鉄職員の息子でしたが。
先輩に上手いのはおらんと思ったですが、高校1年の時、一緒に入った「コイツには敵わん」と思ったものです。
花が咲いたと言っては出かけ、お祭りがあると言っては撮りに行く。
まあ、それも楽しいんだと思いますが・・
それはそれでいいのですが、とにかくスマホですね〜。
「ただ見ているだけのひと」というのが少ないと思えるくらい、スマホで撮ってる人が多いのが、ナンダカナ・・・です。
ひるのいこい
(強いて言えば2.6.もあるかも チョートク氏や赤瀬川氏のような写真はあこがれるので)
高校からカメラ握っていますが 出展したのって学生時代除けば,昨年
市民芸術展に写真出す人がいないから 出せと強要もとい断れない協力依頼で数点出すまでせいぜいブログにあげる程度で…。
サークル系 ファンの集い 苦手です。鉄道写真も皆同じレンズで同じ構図で撮っても仕方が無いというか それならプロの写真集でええやンと思う人間なんで。最近はすっかりご無沙汰ですが。
この前の四天王寺の護摩法要でも,関係者とマスコミの方は
腕章付けてるんですが,某社ははストロボポップアップさせて周りから怒られるわ 夜だけど朝日な新聞社は最前列で脚立にCHモードで撮影してひんしゅく買うわ…。いろんな意味でカオスでした。
こういう時って,ファインダーを見る世代と モニターで見る世代で構え方がまるっきり違うので 面白いですね。
三日ボーズ
なんとかのひとつ覚えで、連写!乱射!ですからね。
プロなら、音の出ないミラーレスとか、ケーズバイケースで使うべきなのに、機材を用意するセクションからなんとかのひとつ覚え、揃いもそろって旧態依然。がマスコミなんだと思います。
結果、ちっちゃな新聞記事のちっちゃな写真が1枚・・・
それならコンデジでワンショットでいいじゃん〜、な感じですね。
頭悪い記者多すぎです。
タロウカジャ
スマホで撮影されている方と本当のところは変わりません。
もっともそれにしては持っている機材が大袈裟ですけど。
目的からするとフルサイズ機なんて必要なくコンパクトカメラ一台でいいのです。
三日ボーズ
勿論、スマホで作品を撮られている作家もいるにはいても、それはスマホのそういう所を逆手に取っているようなものだったように感じました。
色んなスタイル、思考、嗜好、価値観、知識等々と言ったものも含めて、そういうものが写ってしまうのが写真かと思います。
私は、カメラを持っていない時以外は、スマホで撮ることはありません。