先月の多氣山につづいて、近隣にもう1ヶ寺「火渡り修行」をする寺ができた。
昨年から始めている。
昨年は、記念すべき第1回なれど、我が家のば〜ちゃんのコロナ感染で、濃厚接触者となり、参加できなかった副住職が、今度は参加できた。
せっかく、御嶽山の登山に始まって、伝授やら何やら色々準備してきて、参加できなくなってしまったのは可哀想だったけれど・・今年は参加できて良かった。
生き生きと、山伏していた。
それにしても、宇都宮に「火渡り」をする寺が2ヶ寺も出来てうれしい。
東海寺は、基本は檀家寺だけれど、うちの父と同じ年に、ここの住職も亡くなったんだった。
その前から体調は思わしくなく、何年か前に住職交代は済ませていた。
この若い住職が、住職となってすぐ「八千枚護摩修行」をしている。
1週間の断食をしたあと、そのまま飲まず食わずで。八千枚の護摩をする荒行だ。
これをやって、去年から、火渡りを始めた。
信者寺としてもやって行けるかも知れない。
寺の「経営」とかいう問題じゃ無い。
住職が、自信の修行として行なっているものだ。
その修行は自身の為でもあり、それがまた、壇信徒の所願成就にもなる。
それが、密教の行である。
修験者が、密教の護摩を屋外でやったことにはじまる柴燈護摩。
しかし・・・だ。
とにかく、カメラマンが凄い。
スマホで撮る、というり、デジイチで撮るアマチュアカメラマンが多くて驚いた。
新聞広告が打たれていたから、ソレを見て集まったのか?
アマチュア・カメラマンばかりが目立っていたが「そんなにィ〜?!」と驚くほど。
それを予想して、あくまで関係者、という装いにはしていたが・・・
結構気を遣うのだ。邪魔にならないように、中腰とか、変な格好でずっといたから、足が疲れた。
ウチの副住職は、八千枚護摩供のお手伝いをさせていただいて、相当な宗教的感動をいただいたようで、尊敬しているよう。
この火渡りのために山にも登っている。
もうひとつの火渡りの多氣山にも出入りしていて、2ヶ寺で勉強させていただいている。
大学が終わって寺に入っても、そうそうすることは無いし、ウチは檀家寺なので、祈願をするのも真言ボーズとしては良いことだと思うよ、ということで、手伝わせていただいている。
有り難いことだと思う。
祈願寺の法要こそが真言!、という感じもする。
私は、その機会が無かったので、羨ましくもある。
学生の時に、叔父が勤めていた成田山の名古屋別院に一度行っただけだ。
祈願と滅罪と、両方できたら、ボーズとしても、きっと充実すると思うのだ。
ウチの副住職は、私が出来なかったことをやっている感じがする。
湯立て先達。
住職自ら!
最後は・・・かぶる〜!
すげぇ〜〜〜〜!!
なんてこっった〜〜っっ!
ボケちった〜(>_<)
ポジショニングを間違えてしまった。
人がカメラの前を通るので、よけようとして最大の瞬間を取り逃した!
【カメラの話】
今回、とにかく、カメラマンの数が多かった。
アマチュアカメラマンというのが、こんなにいるのね〜という感じ。
バックにカメラマンばかりが写り込んでしまう。
これを何とかボカすことはできまいか?
シグマ辺りの明るい中望遠でも導入してみっかボーズ。
D500用に。
来年も、スケジュールが空くことを願う。
なんとか、撮り直したい。
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