日光寺社一寺の裏手に開山堂がある。
明治の館からずっと北、と言った方がピンとくる人も多いでせうか?
まあ、訪れる人は少ない。
この日は、GW始まったばかりの5月1日。
しかも、雨・・・
ここんとこ「神社は雨の日」とか思ってお参りしている。
こういう雰囲気が良いと思う訳です。
晴れた日には晴れた日の良さもあるだそうし、違った見え方もするのでせう。
開山堂は、輪王寺の物か?
・・・まあ、そうだろうね〜。
東照宮や二荒山神社も関係ある訳だけど、こういうのは、仏教的か?神道的か?・・で決めるんだろか?
鳥居があるけど、観音堂だしなぁ・・・とか(^^)
いや、ほんと、日光はややこしや〜
堂内には、地蔵菩薩と、勝道上人と、その十大弟子も木像が安置されているらしい。
地蔵菩薩は、勝道上人の本地仏、ということらしい。
勝道上人像は、錫杖を持ってるらしい。
日光開山、勝道上人。
下野国(栃木県)の南高岡(現、真岡市)に、下野介・若田高藤の子として生まれる。母は豪族・吉田連氏の娘・明寿。
なお、生誕地には現在仏生寺がある。
弟子に尊鎮法師(多気山不動尊を創建)がいる。日光山を開山したことで知られる。
・・・とWiki先生。
多氣山とそんな関係?!
多氣山の住職に誘われて、ウチの副住職も、日光連山の登山をしているが、深い関係があったのね。
フジGFX50sⅡで撮ったらこんな感じ。
ニコンで露出切り詰めたのと、こんなに感じが違う。
この頭上の岸壁に仏様の姿をした岩が並んでいたものの、地震で崩れて無くなってしまったが、名前だけが残ったものという。
下に、佛様が置かれている。
梵天、帝釈天、四天王のうちの三体、不動明王らしい。
勝道上人のお墓。
感慨深いものがあります。
日光開山の祖、勝道上人。
弘仁8年(817)3月1日、83歳で遷化される。
仏岩で荼毘に付され、遺骨は仏岩谷の上方に埋葬されたが、東照宮鎮座の折り、開山堂が建てられ、遺骨もここに移されたという。
お弟子さんのお墓らしい。
観音堂。楊柳観音が祀られている。右手に柳の枝を持つ。
病苦からの救済を本願とする三十三観音のひとつ。
別名「香車堂」。
将棋の香車は戻らずに直進する駒なので、妊婦がこの駒を借りて帰り、寺多雨の神棚などに祀ると無事出産できるという、安産を願う信仰がある。
出産後は、借りた駒とともに新しい駒を返納するという。
どこの神社にもいらっしゃる感のある菅原道真公。
日本全国、どんだけ分身されておるのでせうか?
後ろの岩に、よく見ると、北野天満宮の紋が入ってる・・・?
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