宇都宮市徳次郎町。
この「徳次郎」は「とくじら」と言っていて「とくじろう」と言うと、お前余所者か?・・・みたいな、馬鹿にした感じになるが・・・
交差点のローマ字表記は「tokujirou」になってる。
んで、最近までは正式に「とくじろう」だった・・・ということを最近知った。
田んぼの中に、良い感じのお社がある。
草も刈られ、大事にされている感じがある。
「神明宮」とある。
「神明」というのは、仏教の側からの呼び名だったと記憶。
「明神」と違う?
・・・(以下、Wiki先生)・・・
古代において神を指す名称としては、神社名を冠した「大神」という呼び方が存在していた。
また『続日本紀』天平2年(730年)10月29日条などにある「名神」号は朝廷における社格制度として存在していた。
「明神」という言葉が文献上最初に現れたのは、天平3年(731年)の奥書を持つ『住吉大社神代記』であり、そこでは住吉大社の祭神である「底筒男命・中筒男命・表筒男命」の三柱を「住吉大明神」と記している。
ただしこの史料の製作年代は元慶3年(879年)以降の天暦(947年 - 957年)および長保年代(999年 - 1003年)以前であると見られている。
また『門葉記』には貞観9年(869年)に成立した『壱道記』から引いたという形で、円仁が「伊勢大明神」や「春日大明神」などを十二支の「如法経守護神」として定めたという記述がある。
確実に当時のものと言える記述は、『日本三代実録』仁和2年(886年)8月7日条にある「松尾大明神(松尾大社)」というものである。
いずれにせよ10世紀には大明神号が使用されていたことは確かである。
以降平安時代における記述においては特別に崇敬される神が明神もしくは大明神と呼ばれていた。
その後本地垂迹説の勃興により、これら大明神が日本の民を救済するために現れた仏教の仏の化身であると考えられるようになった。
仁平2年(1152年)以前に成立したと見られる『注好選』においては、釈迦が「大沙明神」として現世に現れたこと、また『悲華経』に「我滅度後、於末法中、現大明神、広度衆生」という言葉があるという事が紹介されている。
ただし、「我滅度後、於末法中、現大明神、広度衆生」のことばは、実際の悲華経には存在しない。
しかしこの認識は広まり、大明神号は仏教と関連していると考えられるようになった
中世から近世にかけて、神が本来の名前で呼ばれることは少なく、神社名を冠した「明神」や「権現」で呼ばれる事が通常であった(「鹿島大明神」「香取大明神」など)。
また中世以降に成立した吉田神道では、神に対して「明神号」を授ける事が行われるようになった。
豊臣秀吉の没後には朝廷から豊国大明神の神号が追贈されている。
江戸時代初期には徳川家康の神号をめぐって、天海の「大権現」案と、以心崇伝の「大明神」案をめぐる論争が行われている。
明治元年(1868年)3月28日の神仏判然令により、神号における仏教由来の言語は取り除かれるよう指令された。
この法令では明神号自体は取り払うべき言葉としては示されていなかったものの、明神号はこの頃には仏教関連用語であると見られており、使用する神社は減少していった。
ただし現在でも「稲荷大明神」など明神号・大明神号を使用している神社は存在する
良い狛犬がいる。
結局「神明宮」ではアバウト、ということだわね。
祭神が何かは分からないが、まあ、お稲荷さんの可能性は高いか?
・・・と思ったら・・・栃木市に「神明宮」というのがあった。
「栃木のお伊勢様」とある。
「主祭神」天照皇大神、配神素盞雄命、造化三神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)
〔御神徳〕=全国神社の本宗として仰がれる伊勢皇大神宮の内宮に奉斉され申すまでもなく太陽のごとく私共の上に恵みの光を投げかけ、かつ明るく強く生きる力を与えて下さるという一つの日の神と申されましょう。従って皇祖の大神として奉祀され我国最高の貴神と仰がれます神にまします。
コッチの流れ、ですか。
Wiki先生も仰ってます。
神明神社(しんめいじんじゃ)は、天照大御神を主祭神とし、伊勢神宮内宮(三重県伊勢市)を総本社とする神社である。
神明社(しんめいしゃ)、神明宮(しんめいぐう)、皇大神社(こうたいじんじゃ)、天祖神社(てんそじんじゃ)などともいい、通称として「お伊勢さん」と呼ばれることが多い。
なお、「神明」という言葉は天照大御神のことを指すほか、単に「神」という意味でも用いられる。
例えば「天地神明に誓う」の「神明」は後者の意味である。
明治時代に全国の神社の調査が行われたが、その神社の氏子に神社の祭神について質問した所、氏子も何の神が祭られているかを知らず、「神」というつもりで「神明」と答えたら、天照大御神を祀る神明神社ということにされたという例も少なくない。
また、明治時代には、それまで「神明宮」という名称であった神明神社が、「伊勢神宮」と重なる「宮」という字を用いるのを避け、「天祖神社」や「神明社」などへと名称を変更することが多発した。
天照大御神は、その名の通り、太陽を神格化した神様だから、農耕儀礼と密接に結びついたとも言えるだろう。
天照大御神は、皇室の祖神(皇祖神)でもある。
天皇陛下は、田植えをされ、稲刈りもされる。
日本人の基本は農耕。
そういう繋がりもあろうか、と思う。
ところで、我が宗の「勤行法則」経本に「神明法楽」というのがあるのだけれど、あれは「天照大御神」?
それとも、アバウトな神様ってこと?

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