静岡音楽館AOIというホールで、標題の声明講演。
日本人と自然
〜自然、そして人間に対する、あたたかく、深い、細やかな思いやりの歌〜
自然との合一という
「もうこれ以上はない静寂」の中心に、
心身ともに透明で
「美しい人」の顔が浮かび上がる。
・・・とキャプションが付く。
唄(ばい)〈あかあかや〉
散華 上段(天台)
下段(真言)
法則(ほっそく)〈光明〉
錫杖 一條(天台)
三條(真言)
語り〈生死〉(『徒然草』第一五五段より)
釈迦念仏(真言)
諸真言(真言)
回向伽陀
・・・という次第。青字は新作
作曲・桑原ゆう
声明は「声明の会・千年の聲」という集まり。
もともとは「声明四人の会」という、指導者的立場の方のグループで、そのお弟子さん的皆さんが集まった、ということだろうか?
真言声明は、豊山派の「迦陵頻伽聲明研究会」の皆さん。
この天台と真言の皆さんは、色んな新作にチャレンジされている。
2017年に初演されたものの再演。
それをどうして見なかったと後悔するも、よくよく考えたら、父が亡くなって間もなくで、慌ただしく、そういう余裕が無かったか。
オマケに「新作声明」とか、ありえね〜・・・と否定的だったし・・・。
声明とは、伝統以外の何物でも無く「新作」などあり得ない。
それはまた、宗教の一部でもあり、法会の「時と場所」を無視した、国立劇場とかの声明公演なども意味が無い、と思っていた。
安直な「コラボ」というものにも、だいぶ痛めつけられております。
ただ単に、声明という日本音楽の古典中の古典と、洋楽器と合わせると面白いだろ・・・というだけのものが殆どで、今まで見聞きしたものは、みな、構成者の独りよがり。
自分は理解して料理した、という思い上がりが如実にでてしまっていた。
伝統に対する謙虚さが無いということによる思い違いを聞かされた感じ。
劇場での「公演」には今でも否定的だけれど、新作に関しては、2018年に再演された同じ桑原ゆうさんの作品「螺旋曼陀羅海会(らせん まんだら かい え)」で、考えを改めましたです。
作曲の桑原さんとは、迦陵頻伽聲明研究会の法要でも2度、遊行寺の一ツ火法要でもお目にかかっていますが、声明に興味を持たれてから、とにかく積極的にあちらこちらへと出向いて法要を聴聞されたよう。
その徹底的な取材によって、音楽的には、おそらく我々よりも深くきちんと理解されているようです。
何よりも、伝統声明への謙虚さが感じられるのが、安易なコラボ作家とは雲泥の差。
桑原さんは、音楽を作ってゆく過程において「自分は何者なのか?」という問いかけをもたれたという。
音楽大学では、それはもう、洋楽が中心。そういう中で、日本人としての音楽は何か?と思う中で、能の音楽と出会い、やがて、遡ってその原点たる声明にも興味をもたれた、と。
私も何度か拝聴し、ブログ記事も書いている「淡座」においては、邦楽をメインとして曲を作られていらっしゃる。
声の響きがとても良いホール。
ご時勢で、ボーサンたちは皆、大谷吉継のような(in 真田丸)褌のようなマスク(^^)をしての公演。
「あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月」
これを「唄(ばい)」として最初に唱えられる。
本来「唄」というのは老僧の独唱なのだけれど、まあ、いいでしょう。
「あかあかや」は、全部母音が「a」になる、というところに注目されたと桑原さんはおっしゃる。
声明は母音、と言っても良い。
「唄」は特に音を引く。「唄」は「唱える」とは言わず「唄を引く」というくらい。
一文字を3〜5分で唱える。それは、もう、母音だけで何を言ってるのかさえ分からない。
引く音は母音だし、アタリ・ユリという技法を使うと、そこで母音が強調される。
つまり「あかあかや」を唱えていると、全部「あ」になってしまうということだ。
明恵上人は、高山寺の裏山に、お釈迦様の仏跡になぞらえた場所を作られ、そこを修行の場所として、日夜座禅などをしていたという。
そこへ向かう時、降りるとき、月を見て、月の照らす道を歩きなから、いくつか月の歌を詠まれている。
その極めつき(^^) がこの「あかあかや・・・」
その感動を音楽として表現されていた。
森の中で明恵上人が座禅をしていると、静寂の中から動物の声がする。
そのランダムな声が、やがてひとつになって「あかあかや・・・」という歌になる。
混沌としたもの、雑然とした自然が、やがて、整然としたコスモスになる。
「あかあかや・・・」は、明恵上人の悟りの境地なのだと思う。
修行によって、研ぎ澄まされた感覚が、その歌を詠ませた。
それを称えるかの如く、自然が合唱をする。そんな感じがした。
公演は、法要の形を取っている。
唄、散華、錫杖・・・諸真言、回向、と。
散華と錫杖は天台と真言がそれぞれに唱える。
同じ曲目をもつからできることでもあり、しかし、節の違いがある。
この間、導師は光明供の修法をされていたらしい。
例によって、導師がこっち向いているという、我々としてはあり得ない形で、ついつい、修法を見てしまう。
やってることの概念は一緒だけれど、細かい作法が違う、という感じだろうか?
法則〈光明〉は、光明真言。
明恵上人は、華厳・真言兼学の方で、光明真言を大切にされていた。
明恵上人が専修念仏を提唱する法然上人を批判したことは知られているが、 専修念仏に対抗するために易修易行のものとして光明真言および土砂加持を宣揚したとされている。
簡単に言えば、光明真言で加持された砂を遺体にかけると成仏する、というもので、後々、お守り的な物にもなってゆく。
光明真言土砂加持は、天台の「二十五三昧会」という、念仏結社(986年)の8つの決め事の2番目に「光明真言を誦して、土砂加持を修すること」とある。
また、大和・西大寺の叡尊(1201〜 1290)も尊重して、西大寺の代表的行事には今も「光明真言土砂加持大法会」がある。
公演のステージに現れたボーサンに「おっ」となる。
何と、西大寺の光明真言土砂加持大法会名物(?)「提灯たたみ」というのが始まった。
これは五体投地という礼を、10〜15分くらいかけて「目にもとまらぬ遅さ」でゆっくるやるというもの。
余程体幹を鍛えないとできません。綱維問訊という役。
「提灯たたみ」というのは、我々も、五体投地三礼をそう呼ぶが、西大寺では、この遅い礼が名物になってしまっている、ということ。
作曲の桑原さんに尋ねたら、これをするのが前提で作曲をされたとのこと。
この光明真言は、まずゆっくり伸ばして唱える。
その長〜い一拍を、2つに区切って、4つに区切って、という刻み方を重ねて、なおかつ音高も変えて、それがやがてひとつになって高まって行く。
初めの「唄」にも、以前の「螺旋曼陀羅」にも通じるカオスからコスモスへの高揚感に満ちてくる。
これを聞いちゃって・・・あれ? ウチらの節はどんなだった?・・・と。
ウチらの節がどっか行っちゃうゾ〜〜〜っと。
今ちょうど、我が方の「者可燃物」・・・いや、「釈迦念仏」と「光明真言」の三重の音階を調べているところだった。
三重というのは、音が低い部分、中くらいの高さの部分、高い部分」という三重構造になっているのだけれど、阿闍梨さんたちの録音を聴くと、それぞれが違ってる。
ということは、法則性が無い、ということになる。
その法則性を見つける作業にかかってるところだったので、桑原さんが、この点をどう解釈されたのか知りたいと思う。
改めて先日のプログラムを見て、記憶を蘇らせる。
光明真言の前に・・
「亡き人の手にものかきてと申しける人に、光明真言を書きおくり侍るとて」と、導師が唱える。
「かきつくるあとに光のかがやけば 暗き道にも闇は晴らむ」が頭(とう・ソロ)、職衆の助(じょ・合唱)となる。
これは、講式節でもなく、真言声明の特徴的な節回しをベースにして、作曲されたものと感じた。
違和感無く聴ける。声明になってる、と思う。
「光明真言」は、これはこのまま法会でも使いたくなるような曲だった。
「語り〈生死〉」という曲は、『徒然草』の第155段の文章に、節を付けたもの。
これは、講式節のような感じだったと記憶している。
豊山派の新井弘順先生の独唱に始まって、文章の区切りで、皆が代わる代わる1人で歌い、合唱になる所もある。
いま、これを作曲できるのは桑原さんしかいないと思う。
また、それを唱えているというか、歌っているボーサンも凄いと思う。
さて・・・
かなり刺激を受けてしまった。どうしよう・・・(^^)
この記事へのコメント