遊行寺「一ツ火」が行なわれるということが、11月の予定に出た。
待ってました、で、手続きする。
今回は「有料」ということになる。有料というと語弊があるが、まあ、志納金を修めていただく、ということで。
ただし、その後、コロナ禍の状況は悪くなって、どうなることかと思っていた。
もともと「密」な法要なのだ。
そもそも、戸を閉め切って、暗幕をかけて、真っ暗にするというのがメインの法要。
毎年、参列者もギュウギュウ詰めになってる。
緊張しつつ行ってみると、間隔を空けて椅子が並べられている。
その数もそんなに多くはない。
「エッ、こんなもんなの?!」と思ったが、まあ、予約しているようなものだから、その上での配置なのだろう。
実際に始まってみると、それでも空きがある感じだった。
法要は、前半と後半に別れ、閉め切る必要があるのは後半のみ。
前半は、一部、戸を空けたままだったので、いや〜寒い寒い!
椅子だと足下がスースーするから余計に寒い。
・・・と、開けられた戸の側にいた「法会の女人」さんが言ってた。
そう、法会の女人さんが、はるばる来ておったです。
法会聴聞を生きがいとしているものの、今年の春から殆どの法要は中止。
お腹ペコペコ、喉カラカラ、砂漠のカエルの如き状態であったところ、この「一ツ火」は、正に黄金バットに与えられた一滴の水。
は〜〜〜るばる来たで〜〜〜ということのよう。
遊行寺側も、本当に気を遣っての法要。
「別時念仏」というのは、浄土系では大切な修行。
ウチでも、時期も決まってる大事な法要はやらないわけには行かない。
そこで、法会の女人さんと、東大寺の「お水取り」の練行衆は、スペアを11人用意するのだろうか?・・・ということ。
やはり、日本で唯一であろう不断の行法。奈良時代から続く行は、戦時下でも行われた。
もしコロナ感染者が出たら、僧取っ替え、いや、総取っ替えしなけらばならないだろうから、同じ数の練行衆がスタンバってる必要があるだろう、と。
始まる前に「別火」という行に入る。
火を重んじる法会だけに「火を別にする」ということが大切なことで、生活を普段から切り離し、行をするということになる。
その前に感染の有無を見るための「別火」に入るための予備の別火を「2週間」やればいいか?。
いや、別火は1ヶ月らしいから、まず11人ずつ2チーム作って別火に入る。
外との関わりを遮断して、2チームが同時に行に入り、2週間経ったらAチームでゆくことにして、Bチームも修行を続ける。
そこで、なにも無ければ、始める。
始まってしまえば行法は2週間だから、罹っても続ける。
・・・その昔、コロナなんて分からなかった頃だったら、続けるのだろう思う。
その間に、感染者が出たら、総取っ替えする。・・・そうすれば良いんじゃ無かろうか?
不断の行法として「昔」から続いているのだから、昔に帰ればコロナとか分からなかったろう。
熱が出ても続けてしまうのが「昔」だったと思う。
さすがに、人道的に良くない、と今は考えちゃうけれど、ホントの行法はそうだったと思う。
真言も、来年初頭の「後七日御修法」は、やるらしい。
今年は、ウチらが当番。
現能化さまは、私が学生の時にお世話になった先生。
行きたいな〜
「後拝み」がなくなるのかな?と、法会の女人さん。
さて、どうなりますやら。
「一ツ火」は、滞りなく行われた。
ただ、お上人様の「賦算(お札くばり)」は無かったのが、残念。
帰りにはお札をいただき、賦算のお札も「自分で取る」シルテムに・・・(^_-)
お客さんが少なくて、おばちゃんが暇そうだったので、買わせていただきました。
この記事へのコメント
読み人知らず
三日ボーズ
院代様だったようで。
式衆も減らして、なんとか行いたいというお寺のお気持ちがうかがえました。