根来寺で涅槃会

「涅槃会の会」の「涅槃会」(真言なので、一応「常楽会」)は、14日、午前10時から、ほぼ5時間の法要でした。

「遺教会」の記事で書いたように、この会には、新義真言宗、新義・豊山派、新義・智山派と、古義真言宗から集まった有志による法要。
本来、このようなことは大凡無い。

さすがに、他流の声明は唱えられないから、部分的、声明曲毎に流派を変えて唱えるようになっております。
写真の手前が古義、向こう側が新義、という並びのようでした。

智山と豊山は似ているものの、お互いの声明曲を唱えるのは難しい。
いわんや、南山進流をや。

南山進流というのは、古義声明の流派の名前。
京都から見て、高野山は南にあるので「南山」、「大上人という方の」で、「進流」。

当会の古義は、仁和寺派(流)が主、と聞いた記憶があります。
昔は独自の仁和寺流という真言声明においては重要な声明の流派があったらしいですが、今は途絶えて、南山進流になってます。
昔、高野山に習って、今は独自の伝授が成されているとすると、現在は、多少違いがあるのかもしれません。

画像

さて、我々真言では涅槃会を「常楽会」として勤めております。
高野山では一晩かけて、栂尾の明恵上人・作「四座講式」を読みます。

「四座講式」は、そん名の通り大きく4つに分けられ、

「涅槃講式」
「十六羅漢 (らかん) 講式」
「如来遺跡 (にょらいゆいせき) 講式」
「舎利 (しゃり) 講式」

・・・の四部 (四座) 構成になっています。

豊山の長谷寺では、この内、初めの「涅槃講式」だけを読み、我々智山は、一番短い「舎利講式」だけを読みます。

仁和寺では、1年毎に一座づつ読むことになってるので、仁和寺の方は全部読めるということになります。

涅槃会の会の発起人である新井弘順先生と、孤島由昌先生は、四座の全部を読むことができるようですから、仁和寺の方と、孤島先生・新井先生によって「四座」が可能なわけです。

今回も、遺跡講式全五段のうち、初めを孤島先生、二段目を古義の方、三段を新義、四段を古義、五段を新井先生のご子息(?・・・声ソックリなので、多分)が読まれたようでした。

残念ながら、我が智山は、舎利講式の時しか式師を勤めることができません。

画像

高野山の常楽会は、というか行事は、殆どが山内塔頭(寺院)の「もちまわり」らしいので、常楽会の式師も順番が回ってきて勤めるのと、舎利講式はトップになるかたが勤めるということになってるようなので「順番が来たら練習」・・・ということだと思われ、本来「能音(のうおん・声が良い)の者」が勤める、ということでありますが、そうではない感じになってる・・・と言っては失礼ですが、ま、そういうことなのでつ。
今回の式師の読みを聴いて、習熟度の違いを感じずにはおれません。

この会の古義の方が上手。勉強になります。

古義の講式を聴くなら仁和寺、ということになるのかも知れません。
ただ、4回続けてはナカナカ行けないので、この「涅槃会の会」は、非常にありがたい。

画像

ただし・・・
以前から気になっていたのは、古義のお唱え(斉唱)になると、調子がおかしくなるということでした。
毎回、でした。今回もそう。

今回、その「原因」らしい人が、実は目の前にいて、そればかり気になってしまっていました。

当ブログでは、公人ではない人の個人攻撃はしない方針ですが、何年も改善が見られないので、思い切って書くことにします。
遠回しに当人に聞こえれば有り難い・・・
直接言うことも考えましたが、時間が無かったのと、ワタシも疲れが激しかったので、躊躇しました。
それに、こういうことを「注意する」というのはエラく傷つくことでもあるので微妙です・・・

とにかく毎回、この会の、古義の部分の唱和が上手く行かないのであります。
乱れるのでありますよ。

この原因は、仮に「Aさん」としますが、このAさんの節回しが他と合わないということにあるようだ、ということが、今回分かりました。
クセなのかな?・・・とも思えますが、明らかに違う。もしかしたら、仁和寺と高野山の違いなのかも知れません。

どちらかというと、早く節が変わる。しかも、この方、声が大きくて通る。

早く節が変わっても、そのまま行ってくれれば合わせられるのに、Aさんは、自分が先走った節回しで出した音が違うことに「あれ?」と思うのか、他の人の音に影響されるのか、それとも、元々不安定なのかが分かりませんが・・・そこからの音がハッキリしない。
先走ってしまったのを躊躇しているのかどうなのか?
先走るものの、引っ張れない。引っ張る力と気持ちが無い、そんな感じ。

先走っているなら、そこをキッチリ出してくれれば、他が合わせられるのに、とてもあやふやな音になってしまうので、他が合わせられず、そこで、ゴチャゴチャになってしまう。

その他大勢の中にも、声が通る方がいて(Bさん)、その人が頑張って声を張っても、Aさんも声が通るので、どうもその他大勢の戸惑いにBさんも戸惑ってしまう。
オレが頑張ってみっか、と思ってBさんが張り合ってみても、なんだか、フニャフニャになってしまう、という感じです。

Bさんにも意地がある、という感じもします。ナントカ、引っ張って行きたい、という思いも感じます。
それに対してAさんも意地を張ってる、という感じではないようです。
大衆としても、意地っ張りがいれば、しゃ~ない、アンタに合わせてやっか・・・という感じにもあるのですが、そういう風でも無い。

Aさんが、自分の間違いに気がついて、合わせようとしてくれればいいのですが、Aさんは、そういう気持ちはないようで、この状態を何年も続けている。

・・・というような状態であると推察しました。
お唱えを聴いていて、このようなことも感じてしまうわけです。

おそらくAさんの、その節回しのタイミングが違っているというのが大きな問題で、まず、そこを確かにする努力をしていただかないと、この会の古義の声明は、合わないままになってしまいます。

そして、自分が合わせられていない、という現実に気づかねばなりません。
ここが大事、です。

でも、そういう気配が無いので、このことが遠回しにご当人に届けば良いな・・・と思って、思い切って書きました。
当事者にしかワカラナイ書き方にしたので、特定の方への個人攻撃にはなっていないと思いますが・・・

画像

我々の声明は、いわゆる「ユニゾン」であります。
同じ音で声を出す、声を揃える、ということに、とにかく注力します。

始めに「頭(とう)、または経頭(きょうとう)」という者が、お経の初めの所を一人で唱えて、一同がそれに続いてその音の高さで唱和する。
何が一番大切かというと、この「揃える」ということです。
節と音の高さを揃える、ということ。
読経・声明は、とにかく「一同の気持ちを揃える」ということが大切なのであって、あえて、前述のようなことを書いたのは、Aさんは、それができてないからです。

Aさんは、そこそこのお歳のようですが、このままで良い訳がないと思うので、思い切って書きました。
この会の古義のところの唱和が何年も乱れたままでいるのは悲しいことだと思うからです。
ボーズとしては、致命的でもあります。
「和」を乱す、と言うことになってしまっているのですから・・・。

今回、その「原因」が分かってしまって・・・なにせ、目の前に居るので、どうしてなのか?、その分析ばかりしてしまってました。
それが、以上のことです。

我々の声明は、とにかく「揃える」ということ。
節回しも揃える事が大事です。それは呼吸を揃えるということです。
日本人が持つ「呼吸」の大切さです。

ヨーロッパなどで声明公演をすると、指揮者がいないのにどうして揃う?・・・ということが不思議に感じるようです。
日本人には、それができる。
その「一体感」こそが大事なわけです。

それによって、良い法要をお勤めする、ということが肝心。
仏様を供養するとともに、法会に参加する僧俗みんなの心に響くものでなければなりません。
「法楽」がなければいけません。
それをボーサンが乱してはイカン、と言うことです。

新義の声明は、曲自体に「揃えやすい」という特徴を持っていると思います。

音の変化が明確で、特に「徵→角→徵」という音の変化と「徵→角→商」という音の変化に特徴があって、安定した徵の音と、繋ぎの役目をする「商」の音が特に重要で、多少音がズレても「角」の音で合わせるような習慣になっています。

こういう明白な音が古義には無くなってしまっている感じがします。
この「徵・角」の音が、進流声明では曖昧になっている感じがあるのです。
加えて、低く出す感じの古義の声明は、声を張る感じの新義とは違って合わせにくい、という特徴があるようにも思えます。

画像

あ、そうそう・・・新義真言宗という宗派ですが・・・Wiki先生の弁↓

1900年(明治33年)9月、新義真言宗智山派(智積院)・新義真言宗豊山派(長谷寺)が真言宗より独立し、新義真言宗智山派及び新義真言宗豊山派の能化が3年交代により大伝法院座主を勤めることとなった。
智豊交互に勤める風習は、戦国時代、玄誉 - 日秀 - 頼玄 - 玄宥 - 専誉あたりから見られるものである。
第二次大戦後、1953年(昭和28年)、宗教法人法の改正により根来寺を総本山とする新義真言宗が創設されるにいたり現在に至っている。


現在の真義真言宗は、もとは豊山派の一部が転派したものだと聴いております。

そういう意味でも、新義3派と古義が相まみえるこの法会は貴重なものだということになります。
特に、高野山のボーサンが、根来にいる・・・ということは、歴史を考えると感慨深いものがあります。

画像

兎にも角にも・・・寒い中での5時間耐久でした。

暗い本堂の中から見ると、壁に太陽光の差し込む「隙間」が見えます。
ストーブはありましたが、隙間風だらけ。
隙間風は床からもきます。
そもそも、外が寒かったのであります。

帰って、ヘルペス、でました。
実は、だいぶ弱ってたみたいです。

この日も「法会の女人」さんに会いました。熱心な方です。
同じく、5時間耐久しました。根性の方でもあります。

お水取りにも通われているとのこと。
色々伺って、今年も行こうかな?・・・という気になっています。

また、帰りの電車にふたりラブラブで乗っていたら、法会の女人」さんのご主人登場!
どの電車にのってるのかが、どして分かった~?

短い時間でしたが、お話しできて良かったです。

お世話になります~m(_ _)m

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック