ナンダカナ・・・・

お彼岸の「入り」と「明け」にお墓参りする人が案外いたりするんだろうなぁ~・・・と、本日のお墓参りの皆様を見て思ったお彼岸の入り。

その中には、お盆と同じと思っている方もいらっしゃるんだろうなぁ~~・・・とも思う、今日この頃。

昨日、宇都宮の公営・東の杜霊園に行ってきました。
お墓を処分する、という方の依頼で、墓地の、いわゆる「魂抜き」です。

お子さんがいないご夫婦。
ご主人に先立たれ、13回忌をする頃合いだけど、ここでお墓を処分するんだそうな。

お子さんがいないというと、お墓の管理者だったか、市の担当だったか、「お墓を守って行くのは大丈夫なんですか?」と、聞かれるんだそうな。

それで、今回、イヤな言葉だけど、誰が言ったか「墓仕舞い」・・・をして、お骨は「合葬」すると伝えると、「奥様はどうされますか? 予約もできますよ」的なことを言われたんだそうな。

それで、予約もしたんだそうな。

東京の小平霊園が初めて広まった、マンホール葬、とでも言うべきお墓。
小平では「樹木葬」といってるけれど、あれは「マンホール」。

そこの「ご主人と一緒の穴」を予約するんだそうな。
何年後になるかワカラナイけれど、そこに、予約分の「余裕」を作っておくというコトだろうか?

ナンダカナ・・・・で、あります。

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その墓地にあった「塔婆捨て場」。
ホントは「塔婆置き場」なんだけど、これはどう見ても「捨て場」。

このお墓が造られ始めたとき、開眼にきて、塔婆をどうするのか聞いたら「ここに置く」ということだった。
これは、すぐ文句を言っておいたんだけれど・・・まったく状況は変わらず。
「市民」の声は聞くフリをしても、我々の声には、聞く耳持たないね~~、まったく!

本来、塔婆こそがお墓と言っていい。
芝生になってるんだから、これは「刺して良い」と解釈していいんだよ、とも言っておいた。
「塔婆を地面に刺す、という、本来のお墓にしてくれたんだ、有り難い!
・・・ということなんだよ、この形は」とも言った。
なに言ってんだかワカンナイ、という様子だった、管理事務所の職員。

実際、こうやって「捨てられたように置かれて」いるのを見るのは悲しい。

お墓を造った、いや、考えた人にキチンとした知識があったらこうはならなかったかもね?・・・と思う。
「体の良い芝生の墓地に、塔婆は相応しくない」と、宗教・習俗に無知な頭は考えてしまったのだろう。
「今風のオシャレな墓地に、塔婆なんて古くさい物は要らない」・・・くらいに思っていたかも知れない。

芝生の墓地に塔婆が刺さっているのが、実に何とも、懐かしい、本来の墓、という感じで良いのだけれど・・・と、ワタシは思ったりする。

それくらい、認識のズレが生んだ、ショ~モナイ墓地である。

そう思いつつ、檀家さんが作ってしまったときには、ちゃんと開眼しますよ、文句言わずに。
悪いのは、造っちゃった宇都宮市、だからね~。

ちなみに、これ、仮に間に線を引くと、単位面積あたりの墓地の数は、一般的な区画の墓地と、そんなに変わらない。

何が違うかというと、石屋さんが儲からない、ということ。

「上物」としての石の量が圧倒的に少ないから、お墓そのものにお金がかからない、ということですな。

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この写真ではワカランですが、胸の高さ位ある直径にしたらどれくらいだろ? 30m位ありそうな円形のなかに、芝生が敷かれ・・・むこ~~~~うに、木がある。
まさか、これで「樹木葬」とか言うのか?

その所々に「ふた」のようなものがある。この下に「収める」。
区画の番号のようなモノがあって、例えば、「お父さんはここ」と分かるようになってる、ということか。
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