智山伝法院講座「仏典における死後の理解と現代」へ・・・(その3)

仏教を学問的に勉強している人が陥りやすいのが、仏典に書かれている事からのみ、正解を見いだそうとすることです。

どうしても、仏典や祖師の著書に書いてあることを読んで「何処にどう書いてある」という形で論が展開するという落とし穴です。
学問として研究するならそれでも良いのですが、こと、現在の仏教を実践する立場としては、そんなモン、屁の足しにもならんわい!・・・だったり、そもそも、現実の実践とはぞぐわないモノになってしまう、ということが往々にしてあるものです。

「仏典にはこう書かれている」ということを、その仏典が書かれた時代・背景などを考慮せずに、書かれていることを引き抜いてくるようなこともあります。

そういう単純なことじゃね~です。

今回の講師も、どこかの法会に頼まれて「輪廻」の話をしてきたと言っていましたが・・・
大間違いはソコです。

輪廻などの思想と、日本仏教の矛盾点を感じなきゃだめでしょ。

例えば「ひろさちや」という人が「私は仏教原理主義者です」とか言ってますが、よく言えたもんだと思います。
(ま、そう言っていたのは、かなり昔のことで・・・今「イスラム原理主義」の問題などを受けて、言ってないかも知れませんが・・・)

ワカッタヨウナ気になってこういうことを言う人は多いですが・・・
「仏教の原理」なんてどこにあるのか分からん、というのがホントのところです。

「私は仏教原理主義者です」なんて言うヤツは、自分がまったく分かってない、ということに気がついておらんのであります。
経典を研究することに集中して、それが出来てることで「よし」としちゃう、という感じね。

本だけ読んで「宗教学者」とか言ってる島田裕巳なんてぇ~人もそうね。
そうして現実を否定することなんて、簡単じゃん、と思います。

これは、仏教が持つジレンマというものであります。

しかぁ~し、仏典にあっても、それをそのまま受け入れることはできない!・・・ということです。

我々、今の日本の仏教を実践する(しなければならない)者にとっては、これこそが、今を生きている仏教なのです。
それが、インドからは変わってしまっていても、お釈迦様から矛盾しても・・・コレを実践するしかないのです。

この点を取り上げて、今の日本仏教はイカン!ということは容易いですし、そういう輩は多い。

その変化した日本の仏教を、インドに遡って否定することは、容易いことかと思いますが、さて、それにどれほどの意味があるでしょうか?

インドですら、密教に変わり、それが中国に伝わって、道教・儒教の影響を受け、それに基づいたお経も作られ(偽経・ぎきょう)それが日本に伝わってきます。
日本に伝わってきた時点で、かなりゴッチャになっているわけですが、それがまた、日本で変化しているのです。

例えばチベット仏教も、日本の密教が伝わった後に変化してしまっています。
中国でも、例えば、江戸時代に伝わった黄檗宗などを見れば、単純な禅でなく、密教も念仏も入った形に変化しています。


日本の仏教は、仏教じゃねぇ~!・・・そうとも言えますが、そうとも限りません。


本当にお釈迦様の時点に遡ることはできません。
おそらく一番近いであろう(一番古い)『ダンマパダ』や『スッタニパータ』といった、原始仏典の中でも、最古層の部類とされる仏典を読んでみても「お釈迦様の悟り」が何であるか?といったことは分かりません。
例えば、その中でも、パーリ語で書かれた物がより(ブッダに)近いものであるのかも知れませんが・・・それだって、捉え方は難しいものです。


あ、そうそう、大いなる疑問はここにもあるですよ~。

あのね、こう言うのを読んでる学者さんが日本にも沢山いらっしゃいますが、ですよ・・・

・・・不思議に思いませんか?
こういうのを読めて、専門に研究している人でも、悟れないってことを!?

たとえば、弘法大師の著書を研究している数多の学者さんが、お大師様の境地に至れない、ってことを。

・・・オカシイと思いませんか? 研究している皆さんも・・・(^o^) そう思いませんか?

研究者の皆様の目的は何処にあるのでしょうか?
ボーズなら「悟り」じゃ、ねぇ~んですか?


・・・という、また、予定になかった意外な思考に至ったところで、終わりにすっか・・・(^^)/

いや、続けます。


たとえば「輪廻」。

随分前に「日本仏教に輪廻は無い」ということを書きました。
(これは、図らずも『高野山新報』に載せていただくことができましたが・・・)

講師が、ある寺の行事に呼ばれ、檀家さんたちの前で「輪廻」について話した、と、得意げに言っておりましたが・・・「輪廻と日本仏教の矛盾」ということには気付いないようですね~。
困ったことです。

仏教の経典を見れば、もともとインドに輪廻の考えがあったのと、中国で縦の輪廻(六道輪廻)などが出来上がり、それに基づいた経典があるので、それを見れば輪廻は当然、ともなるわけですが・・・

仏教の伝播の特徴は、伝わった先々で、その地にもともとあった信仰や神のような存在を取り込んで定着していった、というものであります。

中国に伝わって「中国仏教」というような存在になって、その変化を含んだまま、朝鮮半島を経て、あるいは、遣唐使などのよって、直接日本に伝わってきました。

そして、日本人が仏教を受け入れるまでに時間がかかり、受け入れた後も、日本人の古来の文化と、外来の仏教は、お互いに歩み寄る形で、定着してきました。

日本の文化の特徴は、入って来たものをそのまま伝えるものであるということを何度も書いてきました。
また、変化したモノはスピンオフするかたちで、それはそれで「元」とは分かれて別に伝わってきました。
そうして、日本の文化は多様化して来たんだと思えます。

仏教も、教祖・開祖と言われる人たちが輸入し、あるいは確立した思考を、後の人は「そのまま伝える」努力を続けて、今に至っています。

その、言うなれば、我々の中での宗教心と、一般ピープルの宗教心には、ある種「乖離」するところがあったのは確かです。

その一番のモノが「葬儀・弔い」に関わるものだった、のです。


・・・続く・・・

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