唐招提寺・釈迦念仏会

今回の京都行きのメインたる目的は、奈良の凍傷大事・・・いや、唐招提寺で行なわれる「釈迦念仏会」というものを聴聞することでした。

~以下、唐招提寺のHPより、抜粋~
鎌倉時代に解脱上人貞慶(げだつしょうにん じょうけい)が始めた、鑑真大和上請来の仏舎利を本尊とし、釈尊の宝号「南無釈迦牟尼仏」を唱えるこの法要で、800年の伝統がある行事です。
特に21・22日の昼の法要後には、国宝の金亀舎利塔を間近に拝観することができます。

日 時:毎年10月21日~23日 9時~16時
場 所:礼堂
釈迦念仏会にあわせて、鑑真大和上請来の「如来舎利三千粒(にょらいしゃりさんぜんりゅう)」を収める国宝・金亀舎利塔(きんきしゃりとう)と重要文化財・釈迦如来立像が特別に公開されます。


画像

写真は、後夜法要(午前4時からほぼ1時間)が終わった後の礼堂。

貞慶さんと舎利講式との関係は「海住山寺 」のHPに詳しく出ていました。(以下、抜粋)

この釈迦念仏会は、建仁2年(1202)8月に、戒律復興運動の基幹として解脱上人貞慶が創始したもので、上人晩年の大切な事績の一つである。創始にあたり貞慶が作文した『釈迦念仏会願文』は、今も大導師たる長老によって読誦されており、貞慶が生涯を賭した戒律復興の願いは、名文の誉れ高い願文とともに、800年後の今日までも南都の古刹に芳しく漂っている。
http://www.kaijyusenji.jp/gd/kiko/sentence/k14.html


釈迦念仏会は、毎年10月21日から3日間行なわれます。
21日、開白法要・14時~。初夜・19時~
22日、後夜・4時~。日中・14時~・初夜19時~。
23日、後夜・4時~。結願・7時~。

私は、21日の開白、初夜。22日の後夜を聴聞。

21日の開白は、表白・願文というものが中心で、ほとんどお導師様のワンマンショー+釈迦念仏がチョット。

初夜法要が、一番聞きたかった舎利講式。それに続いて釈迦念仏。
講式が1時間強。念仏が1時間弱。
講式が終わって、これで終わりと思った方が帰る用意をしたところで念仏が始まりました。

これが難物でした。

「んーなぁーむーーーーーーーーーーーー」
「んーしゃーーーーーーーーーーーーーー」
「んーかーーーーーーーーーーーーーーー」

これでもか?!という感じで「なむ・しゃ・か・む・に・ぶ」の、一音一音を引き延ばします。

そういえば、これは、先日聴聞させていただいた西大寺の光明真言土砂加持法の、やっぱり、一音一音を引き延ばすやり方と同じと言えるでしょう。
その意味合いも同じなのではないか?と思えます。
その文化の共通性は、何せ、近鉄線で「ふた駅」ですからね、共通性もあるのかも知れません。

講式は、貞慶さんの「五段の舎利講式」でした。
節などは、あとでジックリ考えるとして・・・

節の一節が、東寺の生身供(しょうじんく)で外陣の信者さんたちが唱えているものを同じ一節があって、それが気になって仕方なかったです。
偶然でしょうけれど・・・

先日から書きかけの記事に明恵さんに関するものがありますが、東寺・・・いや、当時、明恵さんと貞慶さんは交流があったようで、貞慶さんからいただいた仏舎利一粒を大切にし、自分でも「舎利講式」を書き、それを膨らませて「四座講式」を著したんだろうと思います。
(四座講式には貞慶さんの一節を引用している箇所がある、という話もあり、いずれチェックしたいと思っています)

明恵上人は建仁3年(1203)2月に春日神(かすがのかみ)に参詣した後、当時笠置にいた解脱上人を訪ねます。
この時、貞慶さんは九条兼実から賜った舎利を明恵さんにあげたのです。
明恵30歳、貞慶48歳だったでしょうか。

それを契機として明恵上人は同年8月8日に『十無尽院舎利講式』を書きます。
そして、これを元にして、建保3年(1215)には『四座講式』を書きます。

実は、四座講式の舎利講式には「建保三年正月二十一日夜丑剋草之」と記されています。
この年の2月3日は解脱上人の三回忌に当たります。
明恵上人がそれを意識されて『四座講式』を作成したのではないでしょうか?
その年の2月15日に高山寺で行われた常楽会のにはこの講式が使用されたと言われています。
貞慶さんへの思い、というものが強くあったのだと思われます。
貞慶さんもまた、僧の堕落を嫌って隠遁された方です。
共鳴されるものがあったのではないでしょうか?

ですから、明恵さんの「四座講式」のスタイルは貞慶さんの講式のスタイルを用いたものだと言えるでしょう。
実際この貞慶さんの「舎利講式」などの構成に習って「四座講式」が作られている感じが分かります。

唐招提寺の「舎利講式」は、五段のそれぞれの段の終わりが近づくと式衆が「伽陀(かだ・音楽的はお経)」を唱え始め、そこはダブって聞こえますから、導師(式師)の声が聞こえなくなってしまいます。

そもそも、この会場(えじょう)になっている礼堂には電気が通っていないという、至極当然の造りのようで、堂内の照明は、すべてロウソクです。(唯一導師の手元はLED?)
この雰囲気が実によろしい。
昔むか~~~~しから、変わってませんよ、という感じ。昔の様子が忍ばれるし、智積院の金堂で行なわれる遺教会や舎利講式など大がかりで仰々しいのもいいですが、この、小さなお堂で、昔ながらの灯明によるこじんまりとした法会の雰囲気も良いものです。
ボーサンの声も静かな感じで、良いです。

講式同様に気になっていたのは「釈迦念仏」という言葉でして、我が方でも「千本釈迦堂の釈迦念仏」というものがあります。
同じ「釈迦念仏」というものですが、さて、同じ物という可能性はかなり低いものの、どういったものかをチェックしておく必要があると思っていました。

西大寺の土砂加持法の光明真言の節も、当然ながら我々のそれとは違っていたわけですが、はたして・・・
この釈迦念仏も、やはり、我々の節とは異なったものでした。

ほとんど節は無く、我々の音階の感覚で言えば、始めに声を出す「頭(とう)」の人が「商」から丸く「徵」の音へと上げて行く途中で、式衆が「角」から「徵」へと上げるようにして付いてゆき、そのままなが~~~~く伸ばすという感じです。
全部がその繰り返しでした。

素朴な声明、という印象。
それが、お堂の雰囲気と相まって、良いものでした。

釈迦念仏の途中、末席の若い僧が立ち上がり、内陣を進み、外陣にしき衆とは別に座っている長老(導師?)の前に進んで、南都、いや、何と、西大寺の「土砂加持」の見せ場の「提灯たたみ」をやるではあ~りま温泉。
ここで「土砂加持の提灯たたみ」が出るとは?!
やっぱり「西大寺からふた駅」で同じ文化でした。
驚いた。

釈迦念仏は、お仕舞いの方になると、式衆一同が立ち上がりお堂の外陣を行道。
そのうち、何度か声を高く唱えて、歩きも早くなって・・・太鼓が鳴って法要が終わります。

この記事へのコメント

  • つる

    礼堂の釈迦如来立像は如何でしたでしょう。
    清涼寺式釈迦の優美なお像だとうかがっております。
    2014年10月25日 15:50
  • 三日ボーズ

    そういえば、よく似ていました。
    暗すぎてよく見えなかったですが、言われてみれば、そんな感じでした。
    2014年10月25日 16:25

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