今朝、東寺の生身供(しょうじんく)に行くか、智積院の勤行に行くか迷い、やはり智積院に行くことにしたが、駅前のホテルからゆっくり歩いて行ったら、間に合わなかった。
智積院金堂に向かって歩いていると、勤行のお経が聞こえてくる。
これも良いものだな、と思った。
今日は、全真言宗青年会主催の講習会。
当然、智山派の青年会で泊まりで来ているのもいるだろう。
・・・が、今朝の勤行は、一般の参詣の方が二人と、私だけ。
勤行に出るのがいないのか、泊まりで来るのがいないのか?
さびしい限り。
まだ、専修学院生の勤行もこなれていない感じだ。
経頭(お経の出だしを一人で唱える役)は女性。
そのせいか、お経が全体に高い音。若いから出るんだわね。
そういえば、智積院も昔は女人禁制だったらしい。
最近、ボーサンの葬儀に出て、理趣経全段を唱える機会があるので、勤行読みの完全復活を、と思っているが、いやいや、早いわ。
若さ、だねぇ。
それにしても、いつも勤行に出ると、懐かしさを覚える。
かつて、あの内陣に私もいた。
それで、勤行読みの速さを競うようなお経を読んでいた。
振り変えると、誰のために読んでるのかわかんないお経だった。
修行なんだから「自分のため」でいいのか・・・いや「誰のため」というものでもないのかもしれない。
そこで唱えることに意味があったのかも知れない。
それにしても、現在の智積院、前の内局の独断で、変に木を植えたせいで、金堂が見えにくくなってしまった。
なんてことしてくれるんだよ、まったく。
お金無いクセに余計なことを・・・
この記事へのコメント
私です!
ただ「一心不乱」だったのではないですか?
三日ボーズ
私は確かに一心不乱でした。
でも今から思うと、凄い集中力だったと思うのですよ。
行中は、自分でも、神経が研がれてゆくような感じになってゆくのが分かるようでした。
それから思うと、今やグダグダです。