続き・・・・・・
7,腰車について
これが一番の問題点です。
そもそも「腰車」という柔道の技のような名前は何でしょう?
稼働前に見た「規約案」にあった、この言葉を見て、五輪の方々など専門の人たちが台車をそう呼ぶのか、と思ってチェックしなかったのですが、現物を見て唖然としました。
想像するに「腰」は「輿」ではありませんか? つまり「輿車」のことでしょうか? それの誤読でしょうか?
どちらにしても、これは全く不要です。
どうしてこれを使うことを思い立ったのか理解できません。近代的・合理的な中にも風習を残しているのですよ、と言いたいのでしょうか?
だったら、あの「物体」を見て、あれが「輿」だと思う人はどれほどいるでしょうか?
いっそ伝統に則って宮型にでもすれば理解はされたでしょうが、 あの物体」を見て「輿」だと思う人は皆無でしょう。どうしてあんな訳の分からない物体ができてしまったのか?
実はこれは「輿」で、野辺送りの再現なのですよ、と毎度毎度係の人が説明してくれますか?
説明しなければ分からないでしょう。
私らはしませんよ。無意味な存在ですから。
衛生と合理性を追求して作った斎場に、どうしてこんな所にだけ「風習」を持ち込もうとするのか? まったく理解できません。
考えた人には謝っていただきたい。無知でしたと。
その上で「腰車」は処分していただきたい。誰ももったいないなんて思いません。あっても仕方無く、目障りなだけで、その存在自体許せないので、是非とも早急に取り壊して捨ててください。
それとも、斎場設計・立案者の無知さの象徴として置いておきますか? その旨をきちんと明記した上で。
いや、やはり捨ててください! なるべく早く!
立案者が、勝手に不要な物を作ったので、市議会レベルで、立案者を追求していただくのが適当と思います。予算の無駄遣いです。
規約には『式場から火葬棟への棺移動は備付の「腰車」を使用していただきます』とあったのが、先日行ったら「希望者」のようになっていましたが、廃止してください。
稼働前の説明会では、葬祭業者がこれの操作を行なうと説明があり、その煩雑さを誰もが口にしていましたが、煩雑さ故に時間がかかることを、どうして想定できなかったのか? これも立案者の明かなミスです。
その煩雑な作業の間、葬列を組む者は待っている訳です。この無意味な作業を待つ時間をどう考えていたのか?
合理性を追求しておきながら、全く無意味な時間をかけるような愚かな思いつきと、それにかかった無意味な金銭(予算)は、その責任を追求して然るべきと思います。
そして、これが、この後、作られるであろうどこかの自治体の斎場の「悪しき前例」にならないように、すぐにも廃止すべきであります。
これを残しておくのは市の恥と思います。
8,野辺送りの回廊について
腰車とセットで、これも無意味です。
そもそも「野辺送り」と「回廊」が結びつかないものです。
野辺送りとは、そもそも、葬儀を行なう家から墓地までを歩くのが本来ですから、場所が違ったらそれは野辺送りではありません。また、当然ながら「空の下」で行なうもので「回廊」を通るものではありません。これも立案者の無知故のミスといえるでしょう。
9,斎場という呼び名の使用について
道路に「斎場」という看板が無いために道に迷う人が出ています。
「そのうち理解されるだろう」ということでしょうが「斎場」と表記しないということも近隣住民との合意に含まれていたのでしょうか?
そこまで気を遣う必要があるでしょうか?
「斎場」という呼び名は良くない呼び名でしょうか? この文字に悪い意味は無いと思います。斎場という言い方自体が、火葬を直接指さないよう遠回しに言っている言葉です。
これをダメとするのは、これも無知の現れでしょう。
宇都宮市斎場「悠久の丘」とするべきです。
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宇都宮市新斎場について市役所からの回答 (7)
Excerpt: 宇都宮市新火葬場 悠久の丘について、市役所への質問(7)腰車について
Weblog: 倫敦巴里
Tracked: 2010-11-18 19:55
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